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スマホをカウンターの上に放り投げてガックリと項垂れる。カウンターの向こう側に立つマスターが気の毒そうに俺を見ているのが分かる。
ああ、もう。
タイミングが少しでもズレるとこうなってしまうんだ。
「……タケちゃん。おかわり、いる?」
マスターが恐る恐る聞いてきたから、空になったグラスを差し出して、同じもの、と言った。すぐにマスターは新しいジントニックを作ってテーブルの上に置いてくれた。
「今日、来れないんだ。土橋(つちはし)先生」
囁くようなマスターの問いかけに、こくりと頷いてジントニックを口に含む。
「タケちゃんも先生もお互いに忙しいからさ。大変だよね」
微妙な慰めが余計に心に痛い。それでも、ありがとう、とマスターにお礼を言った。
その時、バアンッと大きな音を立てて盛大に店の扉が開いた。まさかと期待して勢い良く入り口の扉を見た俺の目には、
「ラン子ちゃん、参上よお!」
全身にヒョウ柄を纏った大阪のおばちゃんオネエが勢いよく店に入ってくる様に俺は余計に肩を落とした。
*****
「何よう、タケちゃん。私じゃ不満なわけ?」
座らなくてもいいのに隣に座ったラン子ちゃん改め、ラン子ママが俺に毒づく。
「んなこと無いけど。それよりも店はいいの? まだ閉店には早いんじゃない?」
「お店は今夜はタクミに任せて来ちゃったのよ。ちょっと、リョータと話があってね」
俺にラクダのようなつけまつげのまぶたでバチンとウインクをしながらラン子ママは、水割りちょうだい、とマスターに言った。
ラン子ママは以前からこの店のマスター、これがリョータなんだけど、の友人で俺もこの店に来るようになって知り合った。
ちょっと太めのオネエで、何と二丁目のゲイバーのオーナーママである事を半年程前に知った。
結構、商才があるようで他にも普通の飲食店やネイルサロンなんかも営業しているらしい。
以外な事にラン子ママは実業家なのだ。
「あら? 今夜はミユキちゃんと一緒じゃ無いの?」
グサッ。
今、国宝級の日本刀が胸に刺さった。
「待ち合わせしてたんだけど、急に来れなくなったらしいよ」
マスターが小声でラン子ママに教える。
「何よう、それで暗い顔してたわけ?」
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