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大学まで地元で過ごして、ずっと両親と暮らしてきた。
その家から、あたしは今日旅立つ。
過保護だけど優しいお父さん。
うるさいけど心配性なお母さん。
一人娘だから、結婚するまでは家で過ごしてほしいと言われていたけど。
就職先が遠方だったから、少し早まってしまって。
バスで行こうと思っていたけど、両親が空港まで、送ってくれることになったんだ。
「ごめん、忘れ物しちゃった」
車に乗り込むタイミングで、あたしは言った。
「もう、これからは誰もついてないんだから、もっとしっかりしなきゃダメよ」
「私たちは乗っているから、取りに行ってきなさい」
と、それぞれの反応をする両親の言葉を背に、あたしはリビングへと戻る。
小さな丸い机。
いつも、三人で食卓を囲んだことを思い出す。
お父さんは、いつも黙って食べながら、あたしとお母さんの話を聞いて。
たまにひとこと、あたしたちをたしなめてくれた。
お父さんの言葉はとても的を得ているもので、時に反発しながらも、感謝していた。
「お父さん、いつも助言してくれてありがとう」
いつも出社するときに駅で買っている缶コーヒーと、コーヒーのお供にしているクッキーを置く。
お父さんはお菓子が大好きな人だから、コーヒーと一緒に、喜んで食べてくれるはず。
お母さんは、毎日家事の合間に、趣味の裁縫をここでしていて。
小さい頃は、人形の着替えの服をたくさん作ってくれていた。
貧乏くさいと言われることもあったけど、あたしはお母さんが作った一品物の服が好きだった。
世界でただ一つ、あたしのために作られたものだから。
「お母さん、いろいろ手作りしてくれてありがとう」
家族の前では吸わないけど、ストレスが溜まったときにこっそり吸っているかわいいパッケージのタバコと、その色に合わせたかわいいライターを置く。
年の割に女子力が高いものが大好きなお母さん。
ライターもそこそこ安くても、かわいいものを選んでいたから、きっと喜んでくれるよね。
あたしの忘れ物はこの二つ。
直接渡すのは、恥ずかしかったし。
大したものでもないから。
ここに置いていくね。
そう思うと、込み上げてくるものがあって。
涙が出てくるけれど、あたしはそれを拭って、車へと急ぐ。
あたし、おとうさんとお母さんの子供に生まれて、本当に嬉しかった。
将来、結婚するときには、同じような家庭を作りたいと思っているよ。
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