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35杯目
今日は1人でコーヒーを買って大人になる。
おかしいくらい並んでいる行列の中、小さな少年はじっと順番を待つ。
小学3年生の秋葉勇人にとって、1人で苦いコーヒーを買う行為は大人への立派な通過儀礼だった。
勇人の家は、仙台市内で有数の資産家である。激務の父とは半年程顔を合わせた記憶がない。
半年前に父と約束した。
「俺がスターバックスのホットコーヒー飲んだら、1日仕事休んで」
勇人の父は笑顔で了承する。勇人のコーヒー嫌いを父は知っていた。
お父さんとキャッチボールして、楽天のナイターを見に行くんだ。
勇人はインスタントで何度も何度も練習し、苦難と努力の結果砂糖なしのミルクコーヒーを飲むまでに成長する。
そして、本日母の許可が下りようやくスターバックスにやってくる。
勇人には、30分弱の待ち時間なんてあっという間で、いつの間にか勇人はカウンターに到着していた。
さっき、コーヒーを頼んだからお金を出さないと、と勇人は財布から硬貨を取り出そうとする。
しかし店員がニコニコしながら言った。
「お客様、もう料金は頂いております」
「えっ、どうして?」
「前のお客様があなたのコーヒー代を支払いましたから」
「えっ?」
「はい。コーヒーをどうぞ」
勇人は考えた。
大人なら、この時どうするんだろう。
そのまま、もらって帰っちゃう。
でも、僕の後ろで待ってる人がいる。
待ってる大変さを、僕は知ってるんだ。
大人なら……パパやママならどうするか。
「お姉さん、僕、後の人のコーヒー代を払うよ」
僕の後ろで、ちょっと驚いていた大人の人。
ふん、僕ももう大人なんだからな、気遣いだって出来るんだ。
コーヒーを持ち帰る勇人の顔は、晴れやかだった。
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