2013年1月19日 スターバックス 仙台市駅前センター店

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156杯目 (1/2) 偽善そのもの、いやそれよりも醜悪な下衆の所業だと小説家の藤原衣緒(いお)は、カウンターにて憤慨する。 「あなたのドリンク代は、前のお客様が支払いました」 冗談じゃない。 こんな偽善の押し売りに参加する為、私は並んだんじゃない。 スタバがこの辺には駅前店にしかなくなってしまったから、異様な混みでイラつきながら我慢して順番を待っていただけだ。 大体なんだ、つまりは前の人がおごったから後の人間も同じ様にして、気持ちの悪い善意の輪を広げて行こうって話しでしょう。 虫唾が走る。ウエー。 善意の行為自体は別に問題ない。だけど、他者に善意を強いるのは、我慢ならない。 衣緒は寝たきりの父と暮らしている。衣緒の父は真面目で責任感が強く、優しい人だった。 優しすぎて厄介事や仕事を、先輩・同僚・後輩に押し付けられ潰れてしまい、うつ病になり会社を休職のち退職する。 当時の父の日記を内緒で読み、先輩や後輩達は皆公然と職場で出来損ないのゴミ・給料泥棒と罵倒していたそうだ。 そいつらは人間じゃなかった。 俺が家族を支えねば、という強い責任感から自分の現状に絶望し首を吊るも、天井の梁が折れ九死に一生を得る。 衣緒が大学を受験する一年前の話だった。母は2年後に亡くなってしまう、最後まで父の心配をしていた心優しい人だった。 以後父は後遺症で寝たきりになり、衣緒は進学を諦めバイトをしながらシナリオライターの講座に通い、公募の賞を取り、底辺ながらなんとか父と2人で生活できる程度に仕事も貰えている。 そんな父はスターバックスのラテが好きであったから、仕事の打ち合わせの帰りに衣緒は並んだ。 衣緒は思う。 父さん、時には子供になっても良かったの。 大人って、どんな時でも大人じゃなくてもいいの。 人に助けを求めたって、いいんだよ。 好物のラテだって、子供みたく我慢せずに飲んで良かったんだよ。 父さん、私……父さんには子供でいてほしかったんだ。 みっともなくてもいいから、泣いてぐずぐずになってもいいから『助けて』って言って欲しかった。 「お客様、どういたしましょう?」 目の前の、笑顔が素敵な短髪黒髪の青年は衣緒に訊ねる。
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