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「よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」
そう告げてから啜るエスプレッソは切れのある苦味に溢れていた。ううん、これぞ大人。黄金色のクレマが文字通り輝いてすら見える。その名言に欠陥があるとするなら、コーヒーに甘さを認めている点だろう。少なくとも俺はコーヒーに甘さなんてものは感じないし、その言葉はコーヒーが大人の飲み物であるという図式を根底から否定しているとしか思えない。
「なに、それ」
丸テーブルを挟んで目前に座る彼女も俺と同様カップに口をつけた。横の小窓から差しこむ陽光の中に浮かぶブラックコーヒーは、先の名言が謳っているようにまさしく悪魔の色彩に染まっている。
「これはだね、シャルル=モーリス・ド・タレー……あれ、えっと、ああ、そうそう、タレーラン=ペリゴー……ら? いや、ル、かな。うん、これだ。タレーラン=ペリゴーラの名言さ。」
「だれそれ」
「タレーランを知らないとはキミもまだまだ子どもだね」
「知るわけないでしょ、そんなの」
ふて腐れたように頬杖をつく彼女を尻目に俺はやれやれと首を横に振り、再びエスプレッソを口に含んだ。豊かな芳香が鼻を抜ける。
「おっと、もう空っぽだ。おかわりしようかな」
「ちょっと、いい加減にしたら? それでもう二杯目でしょ。中学生のくせに大人ぶったりして」
「何を言ってるんだい、美雪。真においしいコーヒーというものは何杯飲んでも飽きないのさ。ちなみにカフェイン中毒の心配も無用だよ。あれは十何杯とコーヒーを飲んだ貪欲な者に振りかかる悪魔の遊戯だからね。あ、すみません、エスプレッソのおかわりお願いします」
エプロンを身にまとったお姉さんはにこりと笑って俺に会釈する。個人経営のカフェらしく、店内は小狭く窮屈感は否めないけれど、あんな綺麗な店員さんに微笑みかけてもらえるならそれもある程度は緩和される。
小窓から差しこむ陽の光を見つめていたかと思えば、美雪は急に深くため息をついた。
「あのさあ」
「ん?」
「今日ってデートよね?」
「もちろん。今日は楽しい楽しいカフェデートだよ」
「わたし、全然楽しくないんだけど」
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