第1章

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「そ、そんなことない! ほら、今日はいつもと違って香水つけてるでしょう。髪だっていつもより細やかでさらさらしてるし、洋服もなんだかおしゃれだ、ふりふりがついてて可愛いよ」  彼女のじとっとした目に見つめられ、体が縄にでも縛り上げられたように強張る。やがて俺から視線を外すと、美雪は手元のカップの縁を指で軽く弾いてみせた。 「それで。まだ肝心なことが抜けてる」 「か、肝心なこと? そういえば、今日は靴も新しいの履いてるよね!」 「他には?」  何のことだろう。セミロングの髪型はいつもと代わり映えしないし、さすがに中学生だからメイクなんてものもしていない。  おそる恐る上目使いに美雪を見ると、彼女は嘆息ぎみに言った。 「あのさあ、わたし、いま楽しそうに見える?」 「み、見えない。さっき美雪も楽しくないって、自分でそう言ってたし……」  そのとき、そうか、と脳裏で閃くものがあった。  俺は昨晩調べあげた事柄を記憶から必死になってたぐり寄せた。 「知ってる? エスプレッソってエスプレッソマシーンからじゃないと作れないんだよ。普通のコーヒーと違って、エスプレッソは高い気圧で一気に噴出しないといけないんだ。そうしないと……あれ、なんだっけ」ポケットからメモ帳を取り出し、大急ぎで目的のページを開く。「ああ、そう、これだ。一気に噴出しないとクレマができなくてエスプレッソのうまみが逃げちゃうんだ。クレマっていうのは、ほら、このエスプレッソの水面にも黄金色の泡の膜が浮かんでるでしょ、これのことなんだ。美味しいエスプレッソであるためには少なくともこのクレマが不可欠なんだよ」  これでどうだ! これで知識がないせいでコーヒーを楽しめていなかった彼女の気分も少しは晴れるだろう。しかし自信満々に美雪を見ると、彼女の顔はまだまだ不満のあぶくで一面を覆われていた。カウンターの方からエスプレッソマシーンの張り切る声が高らかに聞こえるほどに空気がしんと静まっている。 「み、美雪もエスプレッソ飲んでみる?」 「いらない」 「ひとくち飲んでみなよ! 切れのある苦味が大人っぽくておいしいんだ」 「いいよ、わたしまだ子供だし」  そっぽを向いて小窓の外を眺める横顔を見て、どうにかしなくちゃ、とあたふたしてしまう。 「えっと、えっと……」
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