第1章

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「ふふ、相変わらず酒には弱いねぇ。でも、この薬酒を飲んどけば、じきに思い出すよ」  相変わらず……って、こいつ俺のこと知ってるのか。  祐太郎は俺から川のほうへと視線をそらし、再び立ち上がった。 「お前さん、ここへは良く花を供えにきてるよね。十年以上も前に溺れ死んだ馬鹿な人間のためにさあ……」  そこまで言って、やわらかな眼差しでまた俺を見下ろす。 「馬鹿みたいに律儀な奴。さて、今度こそ本当のお別れか」  と彼は歩き出した。その後ろ姿が二重にぶれた気がして、俺は瞬いた。  祐太郎の背に緑色の甲羅が現れ、肌の色も緑色へと変わっていく。俺はその背中を追って腰をあげた。 「あ、そうそう」  川に入る直前、祐太郎が振り向いた。  そこに立っているのは最早イケメンではなく、頭の上に皿をのせた緑色のバケモノ。 「僕は花よりも『辻屋』の薄皮饅頭のほうが良かったなあ」  最後に言い残し、そいつは水の中へ沈んでいった。  『辻屋』の薄皮饅頭?  それは、あいつの好物じゃねぇか。  あいつ?  あいつって誰だ?  そう……いつも図々しくて、図々しくて、でもたまには……いや、やっぱり図々しくて。  ああ……ああ……もう少しで思い出せそうなんだが……。  祐太郎?  呼びかけてみても、川面はただ静かに輝いているだけだ。 ・
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