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どこか物悲しい目で、老人は窓の外に目を這わせている。
この窓の外にも、俺の知らない風景が広がっていたのだろうか?
その時代に生きた人々、その時代にしかない景色。この老夫婦はきっと、数え切れないほどのそれらを、ここで、この席で見てきたのだろう。
俺は老夫婦に静かに頭だけ下げると、そっとその場を離れた。
あの二人の特別の時間を、何だか俺なんかが邪魔しちゃいけないような気がして。
補充を終わらせカウンターまで戻ると、俺はどこからともなく、視線を感じた。
厨房にいる相方ではないのは確か。だとすると残りは……
カウンター斜め向かい側、この店の一番死角にある席。そこは、深夜の常連客、通称メロンちゃん(メロンソーダばかりを頼む為、バイト仲間の間で勝手に名づけたあだ名)の特等席。
振り向くと、やはりだ。大きな眼鏡から覗き込む瞳が、俺の方をじっと見つめている。
相変わらずの無表情。せっかくの美人が台無しですよと、いつか本人に言ってやりたい。
「えと……何か?」
気になり声を掛けてみた。すると待っていましたと言わんばかりに、メロンちゃんは口を開く。
「何を、話してたんですか?」
「何をって?」
さっきの老夫婦の事だろうか?
「ああ、もしかして窓側のお客さんとの?」
俺がそう言うと、メロンちゃんは返事もせず俺を見ている。
なんなんだ一体。
「えと、あの二人、昔ここの常連客だったみたいで、」
そう言い掛けた時だった。
「いやあ、先ほどは邪魔してすまなかったね。年寄りの与太話につきあわせちゃって」
さっきの老人だった。どうやらお帰りのようだ。
俺は急いでレジに移動した。その際、老人の方にふと目をやった時だった。
あれ?
「お連れの方は?」
一緒にいたはずのお婆さんがいない。
「ん?僕は一人だよ?」
「えっ?一人……?」
どういう事だ?二人で来ていたじゃないか。
「ああ、はは。すまないね。今日は亡くなった妻の四十九日でね。あれも珈琲が好きだったから、一杯多めに頼んだんだよ。はは、誤解させてしまったかな」
老人はそう言って軽快に笑って見せた。
亡くなった妻?四十九日?
まさか……
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