深夜喫茶・第一話「見えない交渉」

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 俺は昔、24時間営業の喫茶店でバイトしてたんだが、その店では本当にいろんな事があったんだ。 数え切れないくらいの。 今からその一部を話したいと思う。良ければ最後まで付き合ってくれ。 あれは、俺がまだ店に入りたての頃だった。 春から始めた喫茶店のバイトも、今日で半年になる。 どちらかというと夜行性の俺のシフトは、夜11時から朝方7時まで。 昼間の喫茶店と違って、深夜の喫茶店は変な客が多い。 独り言をぶつぶつ呟いたかと思えば急に泣き出したり、 暖かい時期なのにロングコートを着て入店したかと思えば、注文を取りに行くと、なぜかコートの中は下着一枚だったりとか…… とにかくまあ、変なのが多いのだ。いや、もしかしたらこの店だけかもしれないが、 そんな店に今日もまた、変な客が現れた。時刻は深夜2時。 窓側の席に座った、赤いワンピースを着た20代の女性だ。 入店した時は普通だったのだが、二時間ぐらいしてだろうか、いきなり挙動不審になり、しかもどうやら極度に震えている。 店長に一応連絡すると、 「薬かな?だったらやばいよね。うーん面倒だなぁ」 と、寝ぼけた声を発し、後でかけなおすよと言ってから既に一時間が経過している。 絶対寝てるだろこいつ。と悪態をつきつつ、厨房にいる相方に相談してみたものの。 「う?ん、僕女の子と話すの苦手なんだよね。だいたいほら、人と話すのが億劫で、厨房メインでやってるわけでさ、」 そこまで話している最中に、 「もう結構です」 と、俺は冷たく言い放って厨房を出てきた。 さて、どうしたものか……とりあえず一度話を聞いてみよう。大丈夫ですか?と、 それでもし「大丈夫じゃありません」と言われたら、OKレッツゴーポリスと言って110番だ。 俺は自分に頷いて見せると、一応オーダー機を持って女性の元に向かった。 「あ、あの……ど、どうかされ、」 と、俺がそこまで言い掛けた時だった。 「ヒック、ううぅ、ひっく、ぐす……」 泣いているのか?もしかして失恋でもしたのだろうか? だとしたら、何だか可愛そうだ。俺は何となく申し訳ない気持ちになり、 無言のままその場を立ち去ろうとした、が、 「た、たた、助けて……私、わたし、人を殺さないといけない、ナイフ、ナイフ下さい。うぅ、ぐっ、ナイフ、ナイフくだ、うぅぅ」
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