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女性が俺の方に振り向いた。目はカッと開かれ充血し、尋常じゃない汗のせいでメイクが爛れ、顔はぐちゃぐちゃ。
俺は、体中の血が、一瞬で凍るような心地だった。
「ナイフ!嫌!!……ナイフを……ううぅ、こ、ここ殺……すっ!!」
女性がなおも喚くように言った。
やばい、やばいやばいやばい!絶対におかしい、普通じゃない!
全身に嫌な汗がこみ上げて来る。
俺は急いで踵を返すと、その場から早歩きでカウンターまで引き返した。
OKポリス!俺は迷いなくスマホをポケットから取り出し、110番と打ち込んだ。
が、その時だ。
「あの、ちょっと待ってください」
「えっ?」
声のほうを向くと。いつの間にかカウンターの隅に、幼い顔立ちの女の子が座っていた。
見覚えのある顔。それもそのはず。この子はうちの常連さんだ。
しかも深夜帯の常連客。
毎日毎晩決まった時間に現れては、店内の隅の方で、なにやらノートPCで作業をしている。
一見、見た感じは幼いが美人で可愛い。ちょっと大きな眼鏡もどことなく似合っている。
しかも頼む飲み物はメロンソーダ。ついたあだ名はメロンちゃんだ。(バイト仲間が勝手につけたあだ名)
その常連客であるメロンちゃんが、なぜか席を移動してカウンターに座っている。
「えと……待ってって、どういうことですか?」
スマホを耳から離して、俺はメロンちゃんに聞いた。
「警察に電話するのはやめたほうがいいです。多分解決しないから」
そう言ってメロンちゃんは席を立つと、窓側の席にいる女性の方へと、無言のまま向かった。
呆然とする俺。店内には窓側に座る赤いワンピースの女性の泣き声が響いている。
というか泣き声はどんどん酷くなり、もはや嗚咽のようになっていた。
カウンター越しに厨房を見ると、相方は耳にイヤホンをはめて音楽を聴いている。
あの野郎……憎々しく思いながら、俺はメロンちゃんの後に続いた。
メロンちゃんが女性のもとにたどり着く。すると徐に席に座った。
えっ?反対側じゃないのか?
俺はてっきりメロンちゃんは女性の正面に座るのかと思っていた。しかしメロンちゃんは正面には座らず、女性の隣に座ったのだ。
メロンちゃんがゆっくりと口を開いた。
「何を……されてるんですか?」
女性は何も答えるわけでもなく、嗚咽のような泣き声を発している。
「なぜ、そんな事を?」
メロンちゃんが独り言のように言う。
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