第1章

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「木目沢さんと立花さんを別れさせたいからじゃないですか? 冷静に考えてください。立花さんが婚約者だと嘘を吐くことに何のメリットがあるんですか?」 「それは木目沢財閥の」 「前にもいいましたが、木目沢財閥は世襲制ではありません。あなたが会長の孫であっても財閥の権利が手に入るわけではありません。ぶっちゃけた話、木目沢さんの生活はこれからもさほど変わらないと思います。だから、お金目当てに婚約者を語る事に意味はありません。でも逆に財閥の上層部からしてみたらどうでしょう。立花さんって実は社長令嬢なんですよ。しかも木目沢財閥とライバル関係の。調べましたから間違いないです。上層部としては孫が見つかっただけでも大騒ぎなのに、その人物の恋人がライバル会社の令嬢となれば騒然としたでしょうね。孫がライバル会社と結託して財閥を乗っ取りに来るかもしれないと。だから、不安の種は刈り取っておこうというわけですよ。木目沢さんの勤めている会社を優遇するような契約をして、社員を取り込んだんです」  大きな契約が決まったと新田さんが言っていたのを思い出した。 「そんなつまらない事が裏で起きてたってだけの事です。でもそんなのはどうでもいい些細な事ですよ。大事なのは記憶を失っている今、木目沢さんが立花さんの事をどう思っているかです」  そうだな。僕は立花さんの事をどう思っているんだろう。階段から落ちる前の事はやっぱり思い出せない。でも、立花さんの顔を思い出す。笑っているとき、泣いているとき、怒っているとき。 「ああ。やっぱり。僕は立花さんの事が好きみたいだ」 「それでいいですよ。その気持ちを素直に言ってあげてください」 「ああ。ありがとう」 「ひとつ。中学生の私から、いや誰かを好きになったことのある人の代表としていいますね」  一呼吸。 「誰かが自分を好きになってくれたからって安心しないでください。好きでい続けてもらうにも努力は必要なんですから」  四季。君は本当に中学生かと言いたくなった。 「ああ、肝に銘じておくよ。ありがとう」  病院の裏の浜辺に座り込んでいる立花さんの姿が見えた。四季はもうついてきていなかった。ゆっくりと立花さんに近づく。足音で僕に気が付いているだろうけど、振り返ることはない。僕は立花さんのすぐ後ろに立って頭を深々と下げた。 「疑ってごめんなさい!」  自分でも思っていた以上に声が大きくなった。
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