第1章

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 僕の住んでいたのはワンルームマンションだった。マンションの入り口に入ろうとしたところで後ろから呼び止められた。 「要。退院する時間教えておいてくれないと迎えにいけないじゃない。病院に行ったらもう退院したって聞いてびっくりしたよ」  立花さんだった。どうやら、病院まで車で迎えに来てくれていたらしい。 「ごめん。言うのを忘れてた」  高木の顔が頭の中にちらついた。思わず首を振る。二人でマンションに入って僕の部屋の前まで行く。鍵を開けようとして立花さんが僕の袖をつかんだ。 「どうしたの?」 「いや、ちょっと緊張しちゃって」 「何で?」 「実は、要の部屋に入るのってこれで二回目なんだよね」  婚約者なのに? 頭に疑問が浮かぶ。 「いや、要が嫌がって連れてきてくれなかったし、私も自分からその……男の人の部屋に行くのはちょっと勇気がいったというかなんというか」  もごもごと歯切れの悪い言葉を並べる。 「でも、この前着替えを持ってきてくれたじゃないか」 「あれは、うん。必要だと思って。結構勇気を振り絞って。あんまり部屋の中を見ちゃいけないと思って薄目で部屋の中をさまよったから部屋散らかってるかも」 「馬鹿なの?」  僕は思わず口走っていた。 「私もそう思ってるから言わないで」  うつむきながら立花さんが反論する。耳が赤くなっていた。部屋の中は確かに散らかっていた。 「ごめんなさい」  立花さんが素直に謝ってくる。 「いいよ。僕の為にやってくれたことだし」  それから二人で部屋の中を片付けた。一度僕の下着を立花さんが踏んづけて悲鳴を上げた以外は特に事件は起きなかった。 二人で休憩がてらコーヒーを飲んでいるとインターホンが鳴った。 「よ! 退院祝いを持ってきたぜ」  モニターには同僚の中村と本田が立っていた。手にはワインを持っているらしい。 「じゃあ、私は帰るね」  立花さんは立ち上がって帰ろうとする。 「一緒にいればいいのに」 「いや、君の同僚と会うのはちょっと恥ずかしいし」  帰り支度をした立花さんを玄関で見送ってリビングに戻るとすぐに同僚二人が玄関にやってきた。 「おいおいおい。今の誰だよ」  入ってきた中村の第一声がそれだった。 「誰って?」 「さっきこの階の廊下ですげえ奇麗な女の人とすれ違ったんだけどよ。あの人、お前の部屋から出てこなかったか?」 「ああ。立花さん」
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