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そこには、私と幼い息子の啓治と…さっきまでそこに座っていたはずの彼が写っていた。
「嘘でしょう……」
すると、今までの生活がどんどん走馬灯のように流れてきた。
キッチンのテーブルで、私が夫だと思って話し掛けていたその写真は、旦那ではなかった。齢、67歳で亡くなった、自分の父の写真だった。夫は…、
「そっか…、私、ずっと忘れてしまっていたのね…」
頭の中を、6年前の記憶が埋めていく。
――――‥
その日、私たち夫婦は、夫の運転で買い物に街へ出ていた。いつもより大目に買い込んでしまって、いつもなら夫が全部持ってくれる荷物を、二人で分けて持ちながら車へと運んでいた。すべてを乗せ終えたところで、急に雨が降ってきたのだった。
「いやぁ、通り雨か。急にこんなに降らなくてもいいのになぁ」
呑気な声で夫は言いながら、車を発車させたところだった。
街にある見通しの悪い交差点、普段なら車も滅多に通らないその道を、あまり気にも留めずに通り過ぎようとした時だった。
ガシャーーンッ
大きな音とともに、身体が傾いたのを感じた時にはもう遅かった。
横から勢いよく出てきた車とぶつかって、私たちの車は横転していた。隣りを見ると、血だらけの夫がそのまま動かなくなっていた。そこからの記憶はほぼ断片的で、目が覚めると私は病院だった。
――――‥
それから、どこで夫の記憶がなくなってしまったのかは思い出せないが、私の記憶はどこかで入れ替わってしまったらしい。
思い出した直後、気付いたら私は泣いていた。声を殺して、ただボロボロと。心の中で何度も、ごめんなさい、と繰り返しながら。
「詩津子さん、あまり泣かないでよ」
小一時間した頃か、そんな声が聞こえて私は振り返った。
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