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今年でもう70歳を迎える。
ずいぶん老いぼれたものだな、と身体の自由が利かなくなってきたことに苦笑をもらす。
田舎での生活は私にはもう手馴れたものだと思っていたが、ここ最近少し、ひとり暮らしはもう限界かも知れないと感じてきていた。息子夫婦がこちらに一緒に住んだらどうかと、もう何年も前から言ってきている。けれど、私には此処を離れられない理由があった。
「郵便でーす」
玄関先から、郵便配達の人の声が聞こえた。
重い腰を上げて、郵便を受け取りに行く。
「郵便が届くなんて珍しいわね」
真っ白な髪を揺らしながら玄関の扉を開けると、若い配達員は慣れ親しんだ様子で口を開いた。
「こんにちは。今日もお元気そうですね、詩津子さん」
「今日は庭で採れた野いちごでジャムを作っていたのよ。あなたも少し持っていくかしら?」
街から少し外れた山の中腹、私が住む家はそんな場所にある。一週間に一度、車で山を下りて買出しをするほか、庭のこじんまりとした畑で野菜や果物を育てている。
「いいんですか?以前にもお野菜を分けていただきましたけど」
青年は申し訳なさそうに頭を掻いていた。
「いいのよ。ここには私一人しかいなくて、誰かに喜んでもらえることなんてなかなかないのだから。無理にとは言わないけれど、困らないようならもらってくれると嬉しいわ」
「それなら、喜んでいただきますね」
青年は顔をほころばせて、ジャムを受け取ってくれた。
「啓治さんがご心配されていましたよ。詩津子さん一人でこんな山奥に住んでいたら、なかなか様子も見に来れないと」
啓治というのは息子の名前だ。
「この土地からは離れないと決めているのよ。嫁いだ時に」
青年は次の言葉が思い浮かばないようだった。
律儀に頭を下げて、彼は配達用のバイクに乗って家をあとにした。
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