第1章

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 タバコを吸殻入れに投げ捨て、もう一度あたりを見回す小池。こうなったら、タタキ(強盗のスラング)でもやってやろうか。刑務所に逆戻りしても構わない。通行人がいたら叩きのめし、金を奪う。その後は安宿にでも泊まって―― 「おじさん」  不意に背後から聞こえてきた声……小池は飛び上がらんばかりに驚き、すぐに振り返る。  そこに立っていたのは、奇妙な若い女であった。オレンジのタンクトップと白のホットパンツを身につけ、黒髪は肩までの長さである。顔は可愛らしいが、いたずらっ子のような雰囲気も漂わせていた。  その女は、大きな瞳で小池を見つめる。 「おじさん、遊ぼ」 「遊ぼ、じゃねえんだよ……てめえ誰だ?」  女を睨みつけ、聞き返す小池。普通の男なら、若く可愛い女からの「遊ぼ」という一言には何らかの期待を抱くだろう。  だが小池は、自分が女にモテないことをちゃんと理解している。これまで女が自分に近づいて来たのは……金目当てか、あるいは罰ゲームだ。  鋭い目で、女を睨み付ける小池……しかし、女は微笑む。 「あたしミネコだよ。おじさん覚えてないの?」 「ミネコだぁ? 峰不二子なら知ってるが、ミネコなんざ知らねえ。さっさと失せろ。こっちはな、ついさっき刑務所を出たばかりなんだよ」  低い声で凄む小池。だが、ミネコと名乗った女はニコニコしている。怯む様子はない。  小池は苛立ってきた。目の前にいる女には、全く見覚えがない。それ以前に、音もなく背後から近づくとは……非常に不快な振る舞いだ。彼は立ち上がった。 「いい加減にしねえと殺すぞ。俺はな、お前みたいなふざけた女が大嫌いなんだよ」  言うと同時に、小池は手を伸ばした。まずは、襟首を掴んで脅す。もし、それでも言うことを聞かなければ、女であっても殴るつもりだ。そして有り金を奪う……。  だが、ミネコは伸びてきた小池の手を掴む。そして簡単に捻り上げた――  想定外の痛みに、思わず悲鳴を上げる小池。気がつくと、地面に這いつくばらされていた。しかも、ミネコの力は異常に強い。小池も腕力には自信があったが、ミネコは彼など比較にならないくらい強いのだ。 「てめえ何しやがる!」  喚く小池。すると、ミネコの声が聞こえてきた。 「おじさん、あたしは手荒な事はしたくない。それに、もう時間がないんだよ……今日一日、あたしに付き合ってくれるだけでいいんだからさ」 「……」
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