第1章

6/11
前へ
/11ページ
次へ
「なあミネコ……お前、俺の名前を知ってるか?」 「知らないよ」  言いながらも、ミネコの目は鴨に釘付けだ。  小池の頭は、さらに混乱した。名前も知らない男の行方を、どうやって調べたというのだろう。このミネコの言っていることは、本当に支離滅裂だ。  その時、ミネコが振り向いた。 「おじさん、お腹すいた」 「な、何だと……知らねえよ、そんな事」  まごつきながら、言葉を返す小池。この女と一緒にレストランには行きたくない。何をしでかすか分からないからだ。  だが、ミネコはお構い無しだ。 「あたし、お弁当が食べたい」 「はあ?」 「お店で買うお弁当だよ。おじさん、いつも公園で食べてたじゃん」 「えっ……」  確かに、ミネコの言う通りなのだ。小池は逮捕されるまで、毎日この公園で弁当を食べるのが習慣だったのである。  それを知っているのは?  小池は困惑しながらも、仕方なく頷いた。 「わかったよ……じゃあ、弁当を買ってきてやる。ここで待ってろ」  近くのコンビニで弁当を買い、公園に戻る小池。買い物をするのは、実に四年ぶりである。どうも落ち着かない……店に居る間、小池は居心地の悪さを感じていた。  どうにか買い物を済ませると、弁当の入った袋を下げて公園に戻る。ひょっとしたら、既に居なくなっているかもしれないが……。  しかし、幸か不幸か……ミネコはベンチに座り、大人しく待っていたのだ。小池の姿を確認するなり、満面の笑みを浮かべて立ち上がる。  その姿を見た時、小池は何とも言えない気分に襲われた。これまでの人生で……自分に対し、こんな笑顔を見せてくれた人はいただろうか。 「ほら、買ってきてやったぞ」  動揺を悟られまいと、わざとぶっきらぼうな口調で言う小池。そして弁当を差し出した。 「ありがとう! 美味しそうだね!」  そう言うと、ミネコは嬉しそうに食べ始めた。  しかし、すぐに手を止める。 「あれ? おじさんは食べないの?」 「いらねえよ」  そう言うと、小池はぷいと横を向く。実のところ、今日の泊まる場所すら決まっていない。にもかかわらず、真帆公園まで来てしまった。金が入る当ては無いのだから、これ以上の無駄遣いは出来ない。  どうやって稼ぐか。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加