第1章

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 また、車上荒しでもやるかな……。 「おじさん、あげる」  いきなりの言葉と同時に、目の前に突き出された何か。見ると、ミネコが箸でつまんだ鮭の切り身を突き出している。  何故か、頬が赤くなった……。 「いいよ。お前が全部、食べろよ」 「駄目だよ、おじさんも食べなきゃ。それに、お魚は美味しいよ」  そう言って、なおも鮭を突き出してくるミネコ……小池は苦笑した。 「何だそりゃ」  結局、小池は弁当を半分だけ食べた。全体的に、味が濃いように感じる。昔は、こんなものを毎日食べていたのだろうか……いや、味の薄い刑務所の食事に舌が慣れてしまっているせいではないか。  だが、それよりも気になった事がある。 「おいミネコ、俺は自慢じゃねえが、生まれてから一度だって他人にご馳走したことなんかねえ。お前、ひょっとして誰かと人違いしてるんじゃねえのか?」  そう、小池は他人に奢ったことなど無い。それ以前に、シャバで他人と飯を食ったこと自体がほとんど無い。そんな小池がご馳走した……有り得ない話だ。  しかし、ミネコは首を振った。 「違うよ。おじさん、あたしにご馳走してくれた。間違いないから」 「……」  自信に満ちた表情で言われ、さすがの小池も黙り込むしかなかった。もう仕方がない。ミネコは、当人にしか意味のわからない妄想に取り憑かれているとしか思えないのだ。もっとも、今さら見捨てる訳にもいかないが……。  これから、どうすればいいのだろう。  その時、思いついた事があった。小池は立ち上がり、歩き出す。  すると、ミネコも後に続いた。 「ねえ、おじさん……どこ行くの?」 「昔、住んでいたアパートだよ。ここから歩いて十分くらいの所だ」  しかし、そこには何もなかった。  かつて小池の住んでいた、家賃四万円のアパート……だが、いつの間にやら取り壊され、更地となっている。  小池は何もなくなってしまった場所を見つめ、ため息をついた。  心の中に残っていた、懐かしい思い出に浸れるかと思っていたのだ。だが、その思い出の場所は消えていた。  もう、自分には何もない……。  途方に暮れた表情で、真幌公園のベンチに座り込む小池。ミネコはさっきから黙ったままだ。いつの間にか、あたりは暗くなっている。  虚ろな表情で、タバコの箱を取り出す小池。一本くわえ、火を点ける。
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