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「うん。おじさん、急に来てくれなくなったでしょ? あたし、心配になってさ……おじさんを探そうと道路に出たら、車に轢かれちゃった。あたし、足が三本だから避けられなくて」
あっけらかんとした表情で語るミケコ。だが、小池の表情は歪む。
「待てよ……じゃあ、俺のせいで――」
「おじさんのせいじゃないよ。あたしのせい。あんな体で、道路に出たあたしが悪いの」
そう言った後、ミケコは小池の手を握った。
「おじさん、あたしの分も生きて、幸せになってね。おじさんは、本当に優しかった。あたし、人間に優しくされたのは……生まれて初めてだったんだよ。あたしみたいな猫に、優しくしてくれる人がいる……本当に嬉しかった。それに、おじさんのくれたごはん……凄く美味しかった。おじさんがいなかったら、あたしはすぐに死んでたんだよ。おじさんは、本当はいい人なの。忘れないでね」
言い終わった後、ミケコは手を離した。そして、小池に背中を向ける。
「じゃあ、もう行かなきゃ……あたしの分まで生きて、幸せになってね。約束だよ」
そう言って、歩き出したミケコ。だが、途中で立ち止まった。
「そうだ、忘れてたよ。おじさん……いっぱい、ありがとう」
次の瞬間、ミケコの姿がぼやけ始める。白い光のようなものに包まれ……。
そこにいたのは、痩せこけた一匹の三毛猫だった。体の毛はところどころ抜け落ち、前足が一本欠けている。お世辞にも、可愛いとは言えない猫だ。しかし、その瞳は暖かいものに満ちている。小池に対する、溢れんばかりの親愛の情が……。
三毛猫は小池に向かい、にゃあ、と鳴いた。
そして、とことこと歩いて行く。三本の足でのんびりと歩き、夜の闇に消えて行った。
小池は、その場に立ち尽くしていた。今、見たものは現実だろうか。それとも夢か。
だが……次の瞬間、小池はその場に崩れ落ちる。
そして拳を固め、地面を殴り付けた。
何度も、何度も――
「礼なんか言うんじゃねえよ! 俺はクズだ! 俺のせいで、お前は……」
その時、小池の口から嗚咽が洩れた。目からは、涙がこぼれ落ちる。
自分は、いい人ではない……。
本当にいい人なら、ミケコを家に連れ帰り飼ってあげていたはずだ。
弁当の残りを与えるなど、誰でも出来る……ただの自己満足だ。それは断じて優しさと呼べるものではない。
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