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閑散としたローカル線の無人改札駅のホームには、その二人の男女以外、誰もいなかった。
20代半ばと思われるスタイルの良い女は、ハンカチでパタパタと自分の首筋に風を送りながら、列車が来るはずの方角をじっと見ている。
淡いブルーのチュニックが涼しげだ。
側に立っている17、8の少年は、退屈だったのか不意にイタズラっぽい微笑みを浮かべて、女に近づいた。
「今日もあの真っ赤なワンピース着られたら、どうしようかと思ったよ。ハワイのビーチに来た訳じゃないんだからさ、あんなに目のチカチカする服はやめた方がいいよ、美沙。目立つし」
美沙と呼ばれた女は声の主を振り向くと、持っていたハンカチでその少年の細面の頬をパンと叩いた。
「生意気言うわね。いつからあんたは人の服装をチェックするようになったのよ。あのワンピはねぇ、友達のブティックで無理やり買わされてから一度だって着たことが無かったのよ。高かったのにさ。金魚かってくらいに赤いじゃない? どこに着て行けっていうのよ。腹立たしいからここで着てやったの」
美沙はまたパタパタとハンカチを振る。
「美沙のムシャクシャの対処法は、相変わらずよく分からないね」
少年は面白そうにクスクスと笑った。
美沙は屈託なく笑う少年にチラリと視線を送ると、そのサラリとした栗色の髪を、手入れの行き届いた指先で軽く摘んで引っ張った。
「あっ……」
少年がピクリと肩を震わす。
禁忌とも思えるその行為に心底驚いた様子で少年が振り向くと、美沙は眉間に皺を寄せて言った。
「分かってると思うけどさ、春樹。あんまり他人に余計なことするんじゃないわよ。自分で自分の首を絞めるようなことは、もうやめなさい」
酷く厳しく、冷たい声だ。
少年はじっと、その淡い色の瞳で女を見つめた後、ただニコッと笑った。
了解とも、反発ともとれる笑みだった。
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