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陽炎にゆらめきながら、くすんだグリーンの列車が静かにホームに滑り込んできた。
「はぁ~。やっと来た」
大きく安堵の息を吐き、バッグを持とうと腰をかがめた美沙だったが、持っていたハンカチがうっかり手から放れた。咄嗟に手を伸ばす。
ひらりと舞ったそれを、少年もごく自然な動きで拾おうと手を伸ばしたが、二人の指先が触れそうになったとき、美沙はあからさまにその手をひっこめた。
素早く退きながら、更に美沙は眉間にしわを寄せる。
少年は笑った。
指先でハンカチを拾うと、女の方へそっと差し出す。
「心配しなくていいよ。美沙には死んだって触らないから」
女は慎重にハンカチだけを受け取ると、ぐしゃっと手の中で丸めた。そして辛辣に言い捨てる。
「ほんと、そう願うわ」
ゆっくりと二人の前に停車した列車が、招く様にドアを開けると、美沙は自分のボストンバッグを持ち、さっさと乗り込んだ。
「相変わらず露骨だなあ」
特に気にする風でもなくカラリと呟くと、少年も自分のバッグを肩に掛け、美沙の後を追ってドアの中に消えた。
けれども少年は気付かない。
その年上の女が今、どんな思いでその言葉を吐き出したのかを。
二人を飲み込んだグリーンの列車は、ゆっくりドアを閉めた。
この3日間、ずっと彼らを包み込んでいた耳鳴りのような蝉の声が、今やっと、消えた。
(Fin) 第2章へ続く
---------〈作者より〉-----------
この少年が、最後に登場した、あの彼です。
次回、第2章から、この『呵責の夏』、つまり友哉の物語と平行して展開された、全く別の物語が始まります。
友哉が苦悩したあの3日間に起こった、“ もう一つの ” ドラマです。
さあ時間を、友哉がこのホームに降り立った、3日前のあの白昼まで巻き戻してください。
謎はあっさりと消え、そして本当の『KEEP OUT』がスタートします。
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