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私が目覚めたのは、砂地だった。
「ここは、どこかしら」
「気がついたんだね。人が住んでいるところから千マイルも離れた砂漠さ」
彼は、飛行機のモーターを修理しながら、応えた。
私は思い出していた。飛行機に乗ってパンクして、砂漠に墜落したことを。疲れて砂地で眠り続けていたことを。
「あ、あそこにオアシスが」
砂漠の中に泉を見つけた私は、砂ぼこりをかき分けて歩いていった。
そこに着いて泉の水を両手ですくって飲もうとしたとき。
なにもかもが消えていく。
私は動揺していたが、彼は笑っていた。
「蜃気楼だったね。幻だったんだよ」
がっかりしている私に彼はやさしく諭す。
「でもね、蜃気楼って大切なんだと思う。幻だけどさ、あそこに水があると思うから歩き続けられるんだよ」
彼の言葉に私は促されるように、私は砂漠に歩を進めた。
「幻を追いかけていた時間も無駄ではないと思ったわ。泉の水がすくえると思うとワクワクドキドキしたし、たどり着くまでにいろいろ得たものもあった」
「それでいいんじゃないかな。目標は幻でもそのワクワクドキドキを繋げていけば十分人生になる」
彼は飛行機の難しい修理をしながら言った。
彼は、私のところに近く寄ると優しい微笑みで包みこむ。
「でもさ、幻は幻さ。僕はそれに向かって歩いていたけど、大切なのは、やっぱり近くにいるきみだよ」
「えっ!?」
彼の言葉に私は目を丸くした。
「あるかないかの幻よりも、現実的に存在する君が大切なんだと気がついたのさ。弟子の君を裏切るはずがない」
私は言葉を失っていた。本当にそうなのだろうか?
「男はさ、いつまでも幼い冒険者なんだ。幻にいくらいいものが見えたとしても、幻にすぎないことも見えてくる。だから信じて待っていてほしい」
私は涙を流していた。飛行機の修理ももうすぐ終わりそうだ。
「男は子ども」
私はその言葉を繰り返した。
「幻を探して旅に出るけど、結局戻ってくるのは現実なんだ。それまで、遊ばせてやれば、男は満足して帰ってくるよ」
そうなのだろうか?
彼は、飛行機の修理を終えたようだ。
「さあ、現実の世界に戻ろうか」
彼と私は砂漠から飛び立った。私はもう、蜃気楼も幻も怖くはなかった。
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