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黒衣? 探偵?
「へえ。黒衣探偵、ですか……で結局、あなた何なんですか、何者なんですか」
つづけて私は尋ねた。いや、というより文字どおりストレートに誰何した。ただし、できるかぎり丁寧に、相手を怒らせない程度に、暴れられることのないよう、まちがっても攻撃的と受けとられないように、しごく慎重な言葉遣いと落ち着いた口調で。
黒衣探偵──そう唐突に堂々と名のられても、およそ常識ある人間の受け答えとはとうていおもえなかったし(それはそもそも彼の格好からしてそうなのだが)、素直に受け入れるにはあまりにもフレーズが奇天烈すぎ、トータルいちいちシュールすぎた。
「いったい何者なんですか」
なので、あらためて執拗に質問する。率直な疑問質問だといえばそうだったが、どちらかというと警察が不審者に対しておこなう職質、あれに近いニュアンスにほかならなかった。
「黒衣探偵はこの世界に存在しない。しかし、この世界を謎解く役割を仰せつかっているのです。いわば、私というパースペクティヴで描かれた世界という絵画作品における消失点なのです」
ワケがわからない。まったく言っている意味が理解できない。
どういうつもりで口にしているのか、顔が全面覆った布で隠されていて見えないため、表情から感情を窺い知ることはできなかった。よどみなく出てくるセリフと声の真剣味のあるトーンからして、いささか芝居がかっている気もしないでもないが、どうやら冗談やおふざけといった類いではなさそうだ。かろうじてそのように判断を下した。
「あなたの疑問は、わたくしが黒衣探偵ペルソナであることではないはず。ノンフィクションであるセレスト号の話にかんする問題──のはず」
なぜそのことを?
先ほどからの妙に当を得た応酬ばかりつづくから何かおかしい、どこか変だとはうすうす感じていたが、よもや私たちの会話を盗聴するかハッキングするかなどして聞いていたのか。やはり違法行為をおこなっていたのだろうか、こいつは。
真っ先にそうあやしんだものの、妻と大和はとりあえず離れたべつの場所にいることだし、当面ただちに直接的な危険がおよぶような可能性はほとんどないだろうとふんで、喉まで出かかっていた非難と文句の言葉をぐっとのみこんだ。ここは賊の正体や出方をさぐるためにも努めて冷静に、わざと相手に話を合わすことにしたほうがいい。
「黒衣探偵……さん、とやらは、その、まさか、解けるっていうんですか、あの、マリー・セレスト号の謎が」
どうせ妻と私がついさっき解明した真相の内容をひととおり、さも自分がいま気づいたかのようにそれらしく語るつもりなのだろう。私がそれをすでにお見通しであることなどおくびにも出さず、あえてオーヴァーに驚いたリアクションをしてみせると、
「むろん。そのためにわたくしはこの世界に存在するのですから」
頭部前面に穿ったふたつの穴の奥のまたその奥で、不気味に暗く光る目が笑った──ような気がした。とおもいきやつづけざま、
「まず、毒ガスもとい化学兵器セイレーンによる事故および緊急避難説とはべつの、真相解明をしてさしあげましょう」
黒衣探偵は私をほんとうに驚かせた。
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