テレポート/トランスポート

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 テレポート/トランスポート

「マリー・セレスト号から船員が全員こつぜんと消失した真相とは何か。UMA──何かしらの未確認海洋生物が、人間にはちょくせつ認識できないレヴェルの音、可聴域を超える音声を発したことによって乗員全員が発狂した──というのがようするに超音波セイレーン説だった」  黒衣探偵は真正面に上半身を向け、静止画かと疑うほど身動(みじろ)ぎひとつせず、セリフじみた言葉を一方的に発しはじめた。 「とはいえ、未確認生物(UMA)未確認飛行物体(UFO)などの存在じたい非現実なものだという反証をもとに、何らかの病原体を原因とする人工的に製造された伝染病に(かか)ったせいで、乗員全員が発症し海中へ飛びこむことになった──とする極秘生物兵器セイレーン説が発展的に提出された」  何の意図があってか、黒衣探偵はどうやら、これまでの妻と私の推理をまとめておさらい(、、、、)する気のようだった。こちらに向かって声を発していることはまちがいなさそうだったので、やっこさん(、、、、、)の話を黙って拝聴することにする。暴れられてもべつだん大丈夫といえば大丈夫のはずだったのだが、とりあえず相手の出方を窺って目的をさぐったほうが賢い。 「にもかかわらず、それでもまだ人工的伝染病という仮定では前提に不備があり説明が不充分であるとして、人為的に発明された毒ガスが偶発的な事故で誤って発生してしまったことにより、乗員全員が船内から逃げだした結果である──と、より現実的で、より事態を無理なく説明できるだろう近代化学兵器セイレーン説を考案した」  何の反応(リアクション)も見せない私をよそに、かまわず、相変わらず枠内で黒衣探偵は話す。なんだか偉そうに(、、、、)見えるのはこちらの気のせいか。 「非常にかぎられた条件下での推理としては、とりあえずまずまずの及第点はあげられるレヴェルでしょう。しかしながら(、、、、、、)、超音波セイレーン説から極秘生物兵器セイレーン説へ、そして近代化学兵器セイレーン説と応用的かつ段階的に展開させてきた、いわばセイレーン仮説ともいうべきあなたがたの推理には、まだその先がある(、、、、、、、、)」  黒衣探偵が心なし最後のフレーズをとくに強調したようにおもえた。私の目に映る彼奴(きゃつ)の姿はまったく微動だにしなかったように見えるので、はっきり断定はできないが。 「その先がある可能性を思考できていない(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)」 「何を……何を言ってるのでしょうか」  何を上から、とほんとうは言いたかった。言いかけて喉元まで言葉は出かかっていたのだが、すんで(、、、)でかろうじて抑えて平に、慎重に冷静沈着にと、丁寧を心掛けた。 「セイレーン仮説にはまだ先がある。未到の、進行すべき航路が。もっとその先へ進むことができる」 「だから何を考えられるっていうのでしょうか」  あまりにも上から目線で偉そうに言うものだから、おもわず強めに反応して、相手してしまっている自分がいた。 「さらに先へ推理の歩ならぬ()を進めるために、まずはあなたがたの思考のつまずき、行き詰まりのおもな要因を指摘しておかなければならないでしょう」  ううん、たんなる駄洒落(だじゃれ)ってか? 「それぞれのセイレーン説に共通してあるある(、、)過程の仮定を」  やっぱり、ヘタなオヤジギャグ、なのか。 「その共通して無意識にはたらく思考を硬直化させる枠組みこそが、じつはあなたがたの推理の壁、推理の落とし穴となってしまっている。がために(、、、、)、セイレーン説のその先へ進めない」 「だから何を考えられてないって言ってるんですかって」  気づけば、もののみごとにまたもや反応してしまっていた。イラっと(、、、、)し、もはや言葉遣いが荒く、丁寧というよりメチャクチャになっていた。対して相手は平然とした口調で返してくる。 「セイレーン説に共通してある過程の仮定とは、超音波、伝染病、毒ガスといったいずれのものを原因とするにせよ、結果的には乗員全員がみずから(、、、、)みずからの行動で(、、、、、、、、)、船から消えた──という解釈の枠組みで設定された前提を、いつも知らず知らず踏襲しているその思考パターン、その思考フレームのことをいっているのです」
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