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「はい? 何を言ってるのかわからない」
すかさず私は反駁した。
「乗組員がみんな、みずから、みずからの行動で、船から消えた──っていうのが、そもそもマリー・セレスト号の謎という謎における謎なんじゃあないのか」
しまった。つい黙っていられず反論してしまった。興奮してきたせいか、自分もヘタな言葉遊びめいたことを口にした気がする。が、とにかく妻と私の究明した真相にケチをつけられているようでは、むざむざ黙ってばかりはいられない。
「たしかにセレスト号の謎という謎の中心点には、船員全員消失という謎が位置することは歴然としている。がしかし、だからといって直截にそれの意味する内容が、船員全員が船員自身の判断から姿を消したということを意味するとはかならずしもいえない」
すぐさま黒衣探偵も再反論してくる。
「むしろ無根拠に、船員全員みずから消失したと考えることで、そう大前提としてしまうことで、無意識に初期の段階から推理の条件と範囲がおのずと限定され、それ以上の追及が困難となってしまっている」
「乗組員みんなが自分の意思で消えたっていう考えがおかしい──ってそう言ってるのか」
つまりはそれが前提条件になっていることがまちがっている、と。
「いやいや。十人以上もの人間がいっきに失踪してるんだから、そうでも考えないと辻褄が合わない合わない」
負けじと私も再々反論する。
「海賊か何かに襲撃されたとか、怪物か何かに全滅させられたとか、いろいろ最初に検討はしたけど、結局どれも実際にもし起きてたとしたら、船のどこかにぜったいなんらかの跡が残るんだからさ」
単純明快。残っていないってことは起きていないってこと。
「大勢の人がおなじ船のあちこちから突然いなくなるっていうことは、どうにかしてみんなをむりやり船の内から出さしたっていうことだろ。しかもすごい短時間のあいだに。それだけの大それたことを強制することのできる力が、それだけ何か強制的な力が、乗組員みんなにはたらいたっていうことはまずまちがいないとおもう。とはいっても、それは条件的には直接的じゃあなくて、間接的なものじゃあないと」
船外、船内を問わず、凶行ないしは恐慌があったことをおもわせるような破損や痕跡はいっさいなかった。皆無ということは、半ば自発的にないしは自動的に、乗員全員が船から海上へ逃げだした理由があるとしか考えられない。
「たしかに一見それも妥当な結論でしょう。がやはりそれがまちがった前提、まちがった初期条件にほかならない」
しつこく黒衣探偵が再々再反論してきた。
「何か大きな強制力がはたらいたことはまちがいない。しかし強制されるような事態であったとしても、ちょくせつくわえられた危害や暴力に起因するならば何かしら証拠が残るはず。残っていないということは、ゆえに、それは危険を感じさせるか危機的状況を生じさせるかした一因となったというだけで、乗員たちはみな船から自分たちの判断と行動で脱出したはずだと。強制力はあったが任意でもあったという不合理によるジレンマ」
こいつが言わんとすることも少しわかってきた。何らかの強制力があることにはたしかにあったはずなのだが、しかし証拠がひとつも残っていないということは、それが直にはたらいたわけではなく、どうやってか船員たちを全員みずから動いて消え去るように仕向けるなり仕掛けるなりしたとしか、そういう無形の力があったとしか想定できない──と、おのずと思いこみ考えてしまうということか。実際だからこそ私たちも、最終的に“How”のみを追及していたわけだし。
ところが、推理の重要な前提に重大な誤謬が、誤った固定観念がある──そうこいつは言いたいのだ。
「けど、そう考えないとやっぱり辻褄が合わない」
「とはかぎらない」
黒衣探偵が即答した。
「前提として何かしらの強制力があったことは確実、くわえて船にその形跡がまったくないからといってちょくせつはたらいていないとはかぎらない。その一見したところ相反する、微妙に矛盾した問題をしかし合理的に解消する解はかならず存在する」
まさか、そんな解決案などある──のか?
「船ごと入れ替えた。船をまるごと入れ替えたのならばそれは可能となる」
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