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「バカな、そんな解決策なんかあり──」
「得る」
──のか? 船ごと、船をまるごと入れ替えただって?
「まさに単純明快。むしろそれしかありえない、何の形跡も残さず短時間で船員全員消失させたならば」
フリーズした黒衣探偵の姿が一瞬ズレて、微妙に僅差だけそのまま真横に移動した。
「さながら瞬間移動ならぬ輸送運搬。テレポートのごときトランスポートがあったと考えるべき、何の形跡も残さず短時間で船員全員消失させたならば」
黒衣探偵がくりかえし強調し主張する。
「振り返れば最初に船が発見されたとき、『比較的クリーンで新しそうな外観』だと、『一見これといって目立つ損傷などはなく』と、『たいへん丈夫そうなガッチリした船体を海上にさらしていて、大きな異状はどこにもないように見える』状態だったとはっきり描写されている」
たしかにそうだった。
「より具体的に『非常用ボートはすべて揃って縛りつけられたまま、ロープも破損などなくしっかりとピンで留められている』とも、『船首から船尾にいたるまで各船室すべて、いつもどおりといった感じで整理整頓された状態だった』とも、さらには『いずれの場所も、埃ひとつ塵ひとつないような印象を受けるほど隅々まで清掃され、ちゃんと整備されている』とも」
たしかにまちがいない。
「何の形跡も残さず短時間で船員全員消失させたならば、それはだから船ごと入れ替えた、船をまるごと入れ替えた可能性しかありえない」
たしかにそうかもしれない。かもしれないが──。
「だけどさ、船はただ人がいないっていうだけで、ほんとうにまんまからっぽだったってわけじゃあない。ただの客船だったとかじゃあないんだ、輸送船だったんだから」
「むろん『船倉は浸水しているようなこともなく、おもな積み荷らしいアルコールの入った樽も、べつだん無事なようすできちんとつらなりならんで置かれている』と説明されていたとおり、船そのものだけでなく船の中身ごと入れ替えた」
私の反証に即、黒衣探偵は反駁をくわえた。
「むしろ船を入れ替えるために船の中身をそっくり用意したといったほうがいいでしょう。各種セイレーン説で検討されたように、国家機密にかかわる秘密裏に開発された極秘の兵器が秘密裏に船で運搬されたとするならば、そしてその兵器を秘密裏に強奪しようと秘密裏に計画された国家的策略があったとするならば、船員全員消失という結果から遡及してその国家的陰謀の全容もある程度は推測できる」
「だからそれはアメリカが、秘密兵器の存在を隠蔽するためにしたことで──」
「ノン。アメリカは開発したほうで、それを運送途中に奪取してしまおうと計画した国がべつにあったからこそ、この船員全員消失は起きた。一国の巨大な権力が強奪を謀略したからこそ、まったくおなじ船を一隻まるごと用意するという強引な力業も可能になる」
「まさか。そのためだけにもう一隻おなじ船をつくったっていうのか」
「アメリカが極秘のうちにセレスト号という船で秘密兵器を運搬するという情報をキャッチしたある一国が、その兵器を奪いとることにしたとしましょう。運送途中に盗むとするならば、どこが、どの機会が適しているか。当然、海上が都合いいと考えたことでしょう。しかし都合の悪い要素も必然的にある」
「そうか。そりゃあ当然、乗組員たちが邪魔になる」
「といって乗員を全員むやみに襲ったり殺したりなどすれば、それじたいコストになり手間も時間もよけいに掛かる。そのうえ、うまく目的の物を無事に全部ゲットできないであるとか、目的を完遂できずに証拠や証言を残してしまうであるとか、いろいろと失敗するリスクも格段と高まる」
なるほど。船の入れ替えという、チェンジ説の意味がようやく理解できてきた。
どんな方法であれ直接的な手段に訴えでれば、いままで議論をさんざんして結論づけてきたように、ぜったい何らかの形跡はいくつかどうしても残してしまうことになるだろうし、あとでどこの国の仕業か発覚する危険性も増し避けられない。
「とするならば、いっそのこと船ごと奪ってしまえばいい、大胆不敵にそう発想してもなんらおかしくない」
黒衣探偵はまるでふてぶてしく、不動のポーズのまま断言した。
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