ノンフィクションという物語

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 さらにWikipedia中の「関連作品」という註釈にはつづく記述で、さっと目を通すだけではおもわず見過ごしてしまうような最重要事項まで、さらりと指摘してある。 この物語の虚構内容の大部分と不正確な名前は世間に広まり、事件の詳細な内容とされ、幾つかの新聞によって事実として発表されさえした。船が発見されたとき茶がまだ温かく、朝食が調理中であったと言われたが、これらはドイルの物語にある詳細な虚構である。  想い起こせば、私の脳内にインプットされていたマリー(、、、)・セレスト号の謎というエピソードにも、ストーリー上それらしき描写というか演出はあった。というよりも、どう考えても情報源(もとネタ)(くだん)のコナン・ドイルの短篇だろう。未読ではあるが、上記の『船が発見されたとき茶がまだ温かく、朝食が調理中であった』というのを見るかぎりでも、まちがいない、不思議さが倍増したのにはネタもとの小説が一役買っている。  とそこで、そのタイミングで、クロコがおなじパソコン画面の、おなじ箇所をまるで目にしているみたいに、 「そう、それにより事件を彩る不可思議性(、、、、、)が付加された」  絶妙にシュールな合いの手を入れてきた。が、分析に集中し夢中の私は気にせず、ふつうに受けとめ、ふつうに返していた。 「なるほどな、ドイルの創作だったわけか。ただでさえワケのわからん船員全員消失というミステリーに、さらにミステリー要素を盛った(、、、)せいで、よけいワケわからんことになってしまったっていうことか。そりぁあ、どうりで」  どうあれこれ知恵をしぼって考察しても、攻略できない無理なゲーム(ムリゲー)だったわけだ。事実と事実でない要素を同等にいっしょくたに列挙されてしまっていたら、発見時のミステリアスな状況をなおさら複雑にするし、よけいに事態をややこしくして、容易には解きほぐせない矛盾や齟齬をきたしてしまってもおかしくない。  どうやらドイルのその小説が、問題を生じさせた問題の根源と確定してもよさそうだった。ようするに、誤解を招くことになったそもそものおもな大きな要因だと。 「完全に、いまでいうフェイクニュースみたいなもんだろ、それじゃあ。しかも事実のなかに創作が混じった誤情報まで、メディアによって世界中に配信されてしまったっていうんだから」  まったくのでたらめではないにせよ、『物語の虚構内容の大部分』が報道や噂の伝播していく過程で混入しプラスされ、いたずらに連想ゲームのように不思議な雰囲気まで醸しだされたその結果、期せずして謎は永遠に解けない謎となってしまった。 「おまけに、それと同時に“Mary(メアリー) Celeste”ならぬ“Marie(マリー) Celeste”という『不正確な名前』まで誤導入され、世界中の人々に気づかれないまま一部そのまま誤った名前で記憶されてしまった──っていうわけか」  ほかにもWikipedia中の「後世における脚色・都市伝説」というべつの欄には、『この事件は後世、様々な脚色や事実と異なる創作が盛り込まれ、半ば都市伝説と化している』として以下の記載もある。 中でも有名な俗伝は、「発見時、船内には直前まで人が生活していたような形跡があった」とするものである。具体的には、食卓に手付かず(または食べかけ)の食事やまだ温かいコーヒー(または紅茶)が残されていた、火にかけたままの鍋があった、洗面所に髭を剃ったあとがあった、などというものだが、これらはすべて事実ではなく、後世の脚色である。  ほんのついさっきまで、乗員たちが食事していたかのようなテーブル上の状態やめいめいの私物が動かされ備品が使用されていたままのような船室内の状況など、まさに、ものすごく見おぼえのある光景だ。むろん伝聞情報による記憶(インプット)想像(イメージ)の、だが。  当然ながら実際のところは、大西洋上で漂流していた無人のメアリー(、、、、)・セレスト号を最初に発見した船の乗組員たちはただ『船荷として(、、、、、)水や食料が残っていた』と証言しているだけで、さも食事の途中らしき痕跡があったなどとはいっさい報告していない。後日、正式の、公式記録となる、ちゃんとした調査と法廷とにおいても『船室には食べ物などなかった』と、みんな口をそろえて発言明言しているらしい。長期スケジュールで運航予定の船に用意されていてしかるべき水や食料が、ただあってしかるべきものがしかるべきところにあったというだけのことなら、何も不思議なことはない。 これらは(手元の作業を放置するほどの)急迫した事態を思わせる脚色に過ぎなかったが、その後の創作やオカルトの影響により、救命ボートが船に残っていた、航海日誌に発見当日の記載があったといった事実の歪曲が加わった結果、まるで人だけが忽然と消滅してしまったかのような、超常現象を思わせるような怪談へと変化している。 「なんだ。全部『後世の脚色』だったのか」  拍子抜けした。  ほんとうは一隻しか装備されていなかった緊急避難用の救命ボートが複数まるで存在したかのように描いたであるとか、船の発見された時刻は午後だというのに『温かいままの食事を「朝食」としている』といったあきらかなミス設定だとか、船長の妻の名はサラにもかかわらず最後のページになぜか『「我が妻マリー(またはファニー)が」との走り書きがあった』というような航海日誌のこととか、読めばなるほど、そうか創作にすぎなかったのかといちおう納得はするものの、自分の記憶内容とは微妙にちがう、つまり牧逸馬の作品内容とはこまかく異なる点も多々あった。としても、一部とはいえ事実に虚構(フィクション)が混ざっているのはどうにも否定しがたい、それこそ厳然たる事実(、、)に相違ないだろう。 「残念。100%ノンフィクションなんかじゃあなくて、肝心(かんじん)(かなめ)の重大なミステリーの根幹部分にフィクションが混じった無理なゲーム(ムリゲー)だったかあ。あーあ、真相究明は無駄だったのか。つまんないな。せっかくあーだこーだ言いながら、あれこれ考えたりしてたのしんでたのに。たのしかったのにさ」 「ノンノンノン(、、、、、、)。完全に無駄ではない(、、、、、、)」 「えっ?」 「そして絶対に無理でもない(、、、、、、)。事実のなかに偽りの逸話が入り交じっているからといって、虚実混淆した情報だからといって、かならずしも解けない謎はない(、、、、、、、、)」  クロコがやたら堂々と、高らかに宣言した──ようにおもえた──のはもちろん、相変わらず視界に入る黒ずくめにこれといって目立った挙動の変化はなく、そいつが発声しているであろう言葉だけが耳に入るからなのだが……そう確実に聴こえた。 「曖昧な虚構と客観的事実が混在してしまっているとしても、虚実混淆した情報をそのまま確定的な事実として(、、、、、、、、、)純粋にデータとする設定条件で、その限定された条件下で、きわめて論理的に推理すれば可能なこと」  すなわち、あながち100%不可能ではない、と。
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