失われた動機を求めて(Why done it?)

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 The show must go on──推理(ロジカル)ショーはまだまだつづく。 「ただし船長は証拠湮滅をおこなった犯人(、、、、、、、、、、、、、、、)であり、大量殺人の犯人は船長の妻である(、、、、、、、、、、、、、、、)ということ」  ふたたびクロコは強弁する。 「限定してあたえられている条件と情報をまとめ上げ、繋ぎ合わせ、組み立てるならばおのずと、非常に蓋然性の高い仮定として、ひとつの整合性の高い特定のストーリーが形づくられる」  クロコは語る。 「──船長の七歳になる一人娘の子守りを船員たちが任されていたとき、たまたま誰もが目を離した一瞬の隙に運悪く死なせてしまった。航海中という状況からみて、おそらく溺れて亡くなったと考えられる。娘の死にショックを受けた船長の妻は、船員たちみんなにその責任があると、全員が有罪であると、事実はどうあれ独断で強く思いこみ、子どもを突然(うしな)った深い哀しみと、助けに向かわずただ手をこまねいて見ていただろう者たちへの激しい怨みから、その日の夜、弔いの乾杯のため用意されていたアルコールのなかへ半ば衝動的、半ば計画的に毒物を混入してしまう」  ふと、私の妻が「子どもに何かあったらどうするのよ。ワタシなら、あの子にもしもなんかあったら気が狂っちゃう」と、わがことのように真剣に、感情的になってもらしていたのを思い出した。 「毒薬を摂取して苦しみ悶え船員たちがつぎつぎと死んでいくなか、ショックのあまり弔いの乾杯の酒にひと口もつけることさえできなかった船長は、そのため毒に倒れるのを運よく免れることができた。困惑しながらも混乱した事態の意味を、つまりは自分の妻がとんでもないことをしでかしてしまったことを瞬時にさとる。愛妻家で家族想いであった船長はまた、宗教への信仰にも熱心で生真面目な人間でもあったので、妻の凶行を眼前にして自分がどうにかしなければ、自分も手を染めて共犯にならなければと必死に考えをめぐらせ、しかし冷静に理性をたもつことはあたわず、悪夢のような光景を目撃するにおよんで、神の啓示のように犯罪の計画(ヴィジョン)をおもいつき一瞬のうちに覚悟すると、ついに決心したのち行動に移った。具体的にはようするに、きれい好きで几帳面という性格も手伝って長い時間をかけ、船員たちの屍体一体一体を重しとともに海へ投棄していく。犯行現場である食堂に残ったさまざまな犯行の痕跡、すなわち毒物の付着したグラスや被害者が悶絶して破壊した食器類、少なからず吐いてまきちらしたであろう吐瀉物などを隅々にいたるまで、徹底的に拭きとり片づけ清掃した。まさしく無心で、あるいは、まるで狂ったように粛々と」  精神崩壊。ある意味、現実逃避。おなじ立場、おなじ状況に置かれれば、私だって、誰だってまちがいなくきっと……。  私にとって、とてもかけがえのない、最愛の子どもにほかならない大和がもし死んだら、しかもそれがもし殺されたにも等しい状況下であったとしたら、そしてその原因が不慮の事故とはいえ誰かに責任が多少なりともあったとして、錯乱して一時的に冷静な判断ができず異常な心理状態に陥った妻がその人物を恨んでもし復讐してしまったとしたら──。私だって、まちがいなくきっとまとも(、、、)ではいられないだろう。 「船長が大量殺人の証拠湮滅をおこなっていたあいだ、船長の妻は放心状態のまま日々過ごしていた。娘が死んだということを容易に受け容れられず、正確にいえば、船員たちを殺害することで一方的に報復感情を満足させることができ、精神的に昇華かつ消化され記憶もリセットされたのか、娘がまだ生きているかのように(、、、、、、、、、、、、、、)ふるまった。だから無人船が発見されたとき、まるで子どもが食事していた途中だったかのような、子どもに薬を飲ましかけていたかのような状況をつくりだした」  この世にはもはや存在しない子どもの姿がまるでそこにあるかのように、それ以前の日常生活と変わりなく、いつもどおり不在の子どもに話しかけ、ふだんどおり不在の子どもの世話をやく、生霊のような母親のあわれな姿が脳裡に浮かんだ。 「むろん可能性としては、船長の妻は子どもが亡くなって以降ショックでずっと虚脱した、さながら魂の脱け殻のような状態になっていて、毒薬乾杯による大量殺人も、証拠湮滅のための偽装工作も、船長ひとりが全部おこなったことなのではないかとも想定できないこともない。がしかし、だとすれば、船長はなぜ、そのような精神的にも肉体的にも衰弱してしまった自分の妻を慰め無事ちゃんと本土へ連れ帰ろうとはせずに、それどころか後先考えず怒りにまかせて船員全員を殺害し、いっぽうで冷徹に屍体や犯行の痕跡を消去するという根気のいる作業を長時間やってのけ、妻というもうひとりの大事な家族を犯罪に巻きこみ、守るべき伴侶の人生まで犠牲にしてしまうようなことをしたのか、矛盾して齟齬があり細部の説明がつかない」  家族想いで信心深く責任感の強い生真面目で几帳面な性格(キャラクター)という船長の人物像と、それではたしかに犯人像が微妙に一致しない。統一感がない。行動に一貫性もない。それではまったく妻のことを想わない、顧みない、あまりに身勝手な人間ではないか。 「よって船長は証拠湮滅をおこなった犯人(、、、、、、、、、、、、、、、)であり、大量殺人の犯人は船長の妻である(、、、、、、、、、、、、、、、)ということが、整合性と蓋然性のともに高い合致から結論づけられる」  くりかえされるロジカル・ショック。さらにクロコは喋る。 「むかしから都市伝説的に喧伝されているような『炊事場にはつくって間もない、温かく、まだ湯気さえ立っていそうな食物まで、鍋のなかにごっそり残っていた』というのも、べつだん何も船員たちがつい先ほどまで食事していたことを暗示するのではない。詳しい量も料理内容も記述されていないことからそれがただ、船長家族のために食事をつくったときのものではないかというように理解することができる。くわえて、残されていた朝食が『四人分ほど』だったことに注意を払うべき。厨房に『刃に短い髭の塊が付着した、料理人の物らしいつかいかけ(、、、、、)の剃刀がひとつ、台の上にぽつんと放置されて』いたことが偶然でないならば、乾杯に参加せず毒入り酒を飲まずにすみ、かつ船長家族に同情し協力し、最後まで船長とその妻ふたりの身のまわりをこまごまと世話し、サポートし雑務をこなした人物がいたかもしれない可能性がある。とすれば、ほかの船が近づいてくることにいち早く気づいて、見つかる前に船長の妻を連れだし、ひそかに外へ脱出し姿を消すこともより容易になる」  あっ、ああと、指摘される新発見と新発想が多すぎ驚きすぎて、もはや言葉にならない何度めかの感嘆の声を私はもらした。 「そして『船長の寝室に、一台のミシンがカヴァーをめくられ、ほったらかしになっていた。そのミシンの上には、円形の指抜きが転がり落ちもせず、胴部分を下にしてちょこんと載っていた』と、『まわりの床には、いくつか女の子のオモチャが散らばっており、子どもの前掛けの袖をちょうど縫いつけている途中といったタイミングで、ぴたりとミシンは針の動きを止めていた』と描写されてもいることから、ちょうど空想の世界のなか子どもをそばで遊ばせながら子ども用の服を裁縫しているところで、船から抜けだすことになったというのは明々白々。子どもの遺体が海難事故のせいでか丁重に葬ったかしてもうすでに海の藻屑と消えていて最初から存在しなかったがゆえに(、、、、、、、、、、、、、、、)なのか、もしくは大切に保管していた最愛の娘の亡骸といっしょにだったから(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)なのか、船長と妻がはたしてそのとき、みずから命を絶ち海へ飛びこんだのか、生き延びて身を隠し名前も変えてその後どこかでひっそり暮らして人生を終えたのか、それは永久に謎のままなのだとしても」  そうしてクロコはどうやら最終回ならぬ最終解へ辿り着いたようだ。 「永久に謎のままでいいのだとしても」
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