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永遠のミステリーだった「船員全員消失の謎」がついに解けた。長いこと誰にも解けなかったとても不可思議な、不可能状況の謎が。長年にわたり記憶の奥の片隅で、ずっと私を悩ましていた大きな疑問難問が。妻といっしょに考えディスカッションしても、解明は不可能かとおもわれた世界的な実話の未解決事件が、まさか解決へといたるとは。
最終的な解答とはいえど、未決着の部分も想像に頼った部分も多分にいくつか真相部分にふくまれる。が、そもそも、もともとが不確定要素を多く大きくふくんだ話なのだからそれもしょうがない。というか、たくさんの人間と長い時を経て物語化した実話、ノンフィクションという物語である「マリー・セレスト号」の謎解きとしては、充分に辻褄の合う答え合わせ、満足に納得のできるレヴェルの深層の真相へと到達しているのではないだろうか。
「というか、何よりとにかくおもしろいとおもった。たのしかった。結局、正直それにつきるかな」
誰に聞かせるともなく、私は素直に感想をつぶやいた。もしもここに「いいねボタン」があるなら、迷わず自然に押しているところだったろう。とにもかくにも、
「まあ、とりあえずその推理には感服した。納得したし許容できる。だけどさ、ひとつ納得できないことがあるっちゃあ、あるんだよな。あれこれ内容をこまかく正確に引用してるところからして、その前提材料になった情報やデータはあきらか私たちの話から得てるよな」
私はどうしても当初から微妙に引っかかり気になっていたことを問うた。
「あきらか私たちの話を盗み聴いてたよな?」
ちょっとした疑問質問というより、はっきりとした詰問だ。しかし当のクロコの、それへの解答は、
「──以上、証明終了」
すかしだった。というより、はっきり無視だった。
はっきりと自分勝手な終了宣言をぼそぼそっとつぶやくクロコの声がする。基本ずっと微動だにしない体勢が不動のスタイルだった黒ずくめの男に、重ねて私は問う。
「おい、無視するなよ。盗み聴きしたな、盗聴しただろ?」
「あなたがたの会話を聴くだけで、謎を解くことは充分可能でした」
しれっとクロコは認めた。なんと、こいつは妻と私の会話をどこからか傍受していたのだ。やっぱりと納得はしたものの、
「なに、ふつうに言ってんだ。ぜったいダメだろ。こころなし、丁寧な喋りになってる気がするけどな、騙されないぞ。どうやってやった? どうやって妻と私の会話を聴いたんだ?」
こいつはぜったいゆるせない。
「おまけに、どうやって割りこんだ? どうやって妻と私のあいだに」
ちょくせつ住居侵入していないのは予想がつくし、妻のほうではなく私のほうに話しかけ絡んできてはいたのだから、まだいいというかマシなのだとしても、だからといって盗聴やハッキングのような違法行為はさすがに、いくらなんでも許容範囲を超えている。
「犯罪だろ」
「マリー・セレスト号でおこなわれた犯罪、たまたまたび重なった不運のため起きた悲劇、その真相を推理することは」
「いやいや。ごまかすな、ごまかすな」
「あなたがたのあいだで交わされた会話を聴くだけで可能でした。あなたがたふたりのじつは場所がちがう──おたがい距離も遠く離れたテレビ電話、インターネット電話での会話を拝聴するだけで」
ふたりの会話が、自宅にいる私と、大和といっしょに一泊旅行の宿泊先にいる妻との、インターネットを介したオンライン・トークだったからこそ、どこかでこっそり聴くことは可能だったというわけか。なるほど、それで録音しているかのように(ほんとうにしているのかもしれないが)、やたらこまかく正確に話の内容を知っているし復唱できるわけだ。なるほどなるほど、それで途中で急に妻との回線が切れてクロコに乗っ取られることになったわけだ。どうりで──って、
「いや何、言い替えてんだ。拝聴なんかじゃあなくて、まぎれもなく盗聴だろ」
シージャックならぬ電話ジャック。帰宅した私は風呂上がりの妻とたがいのスマートフォンで、ビデオチャットの機能をつかって画面越しに対面し顔を見ながら、ときおりネットの繋がりが悪くなり音声と映像がずれたりノイズやフリーズが起こったりしつつも、ときどき傍らに置いたデスクトップのPCモニターで情報を目で確認したり確認してもらったりして、会話もとい通話で、いうなればリモート推理みたいなことをしていたわけなのだが、そこへ突如たまたま混線したか故意にハッキングしたかで割りこんできたのが、ようはクロコだった。
本人の弁によると、どうやらクロコは目視することなく私たちのインターネット電話での通話/会話の音声のみを最初のほうから、どういう方法でか耳にしていたということらしい。私の家へかってにあがりこんできたのでもない、家族が宿泊している部屋へ侵入したのでもいちおうないようだった。なので、おかしいとは当初からおもったし驚いたのだが、妻との通話が唐突に切断されても、スマホ画面を黒々と占領されても、とりあえず当面ようす見で黙認していたのはそのためだった。とはいっても、
「犯罪だろ。やっぱ、どう考えても」
「そう、あなたがたの会話を聴くだけで充分可能でした、マリー・セレスト号における犯罪、船員全員消失という謎、その真相をあらかた推理することは」
「いやいや。だからごまかすなって。それは何回も聴いたって」
追及の手をゆるめない、鋭い私のツッコミにもクロコはいささかも動じず、
「あなたがたの会話が通話であること、これは知りうる事実に基づいた謎でも何でもない、たんなる説明にすぎない」
真実を告げた。
「あなたがたの子どもが人間ではないこと、これは知りえた情報から導きだした確たる謎解きにほかならない」
刹那、クロコが全身に纏った黒い大きな布を翻し、一瞬で画面全体が暗幕のように覆われてしまった。
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