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「ふうーん……それでしかも、食事してるときにみんな急に消えたっぽいんでしょう?」
「そうなんだ。たぶん朝食の途中で何かが起こって、まさに奇々怪々、こつぜんと乗組員全員が消失したって感じなんだよ」
まだ温かいコンビニ弁当のおかずを、ときどき口に運びながら私は喋った。夕飯が用意されていないことは100%確実にわかっていたので、帰りに駅前のお店で買っておいたのだ。
妻はいつもの、パジャマ姿にバスタオルを頭に巻いた風呂上がりスタイルだった。お風呂上がりの火照った躰にひんやりした床がちょうど絶妙に心地良いのか、居間兼寝室の全面フローリングの床に寝そべって話を聞いている。
「それですぐに、変だ、おかしい、これは異常だってことになって、近くの港に引っ張っていったってわけ。通報を受けたアメリカ領事館が電報で照会してみたところ、その無人状態だった船はたしかに、おなじ年の9月にニューヨークを出帆した、マリー・セレスト号にまちがいないと判明したんだ」
「ええ、なに電報って? まだ電話すらない時代ってわけ」
「そりゃあ当然。いまみたいに、こうやってインターネットまで当たり前になった時代とはわけがちがう。通信技術が格段とちがう。まるで誰かさんのメイクとすっ──じゃあなくて、月とすっぽんだね」
「なんか言った?」
怒り心頭、躰からたちのぼる蒸気といっしょにいまにも湯気が見えてきそうなほど、妻が頬を上気させている。そのすっぴん顔がますます赤くなりそうだったので焦って、
「いや。今宵も月がきれいだなって」
「月なんてまったく出てないし。カンペキに外は真っ暗ですけど。夕方から雨になって、あいにくの土砂降りだし」
「あっ……とじゃあ、そうそう、今夜もわがまま──じゃあなくって、わが奥様は、とてもきれいだなって言ったんだよ」
「なにそれ。いつの時代の口説き文句よ?」
「あらためてプロポーズしたつもりだけど」
「はいはい。そんな、はるか遠いむかしのお伽噺、フェアリーテイルやファンタジーなんかどうでもいいから、その問題の船の話をしてよね。それって過去にほんとにあった出来事、正真正銘、実話なんでしょう?」
万事こんなふうに冷ややかな調子だ。もともとマスカラを落としているので、ただでさえ細いのに、切れ長の一重をさらにもっと細めてこちらを睨んでいる。
「もちろん実話も実話。じつは誰かさんの眉毛がないのとおなじで、ほんとうに、マリー・セレスト号には誰もいなかった、何も発見されなかったんだ」
懲りずに、つい習い性で冗談混じり、挑発的な言葉が口をついて出てしまった。
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