第1章

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 ――こんな景色、記憶がなくなる前にも、一緒に見たことがあるんだろうか。  河原の道を、一緒に歩く。  先を行く彼の背中は、たくましくて厚い。男の子らしい背中だなと、想う。  一緒に歩くわたしは、制服に身を包み、最近長く伸ばしたらしい髪もあって、女の子らしく見えているんだろう。 「……どうした?」  足取りを止めていたわたしに、彼が声をかけてくる。男らしい、低い声。変声期をすぎて、男らしい硬さも加わった、強い響き。  わたしは、ふりかえった彼に向かって、言った。 「答えて。あなたは、なにを隠しているの」  女の子らしい、高くて鈴が鳴るような声。自分のものらしいその声に、眼の前の男の子は少しだけ歩を詰めて、答える。 「隠しているって、なんのことだ」  浮かんだ顔は、険しいもの。眼を細め、口を引き締めた顔は、怒っているようにも見える。整えられた茶色の髪と、強い意志を感じさせる瞳が、よりそう見せているのもある。 「陽介君、教えてほしいの。あなたが、わたしに……わたしだけに、隠していることを」  望月 陽介(もちづき ようすけ)。わたしと幼い頃からずっと一緒だった、幼なじみ。そう、聞いている男の子。  ――目覚めてから、三ヶ月しかたっていない、わたしが知る数少ない知識の一つ。 「隠している……?」 「怒ってる、の」  髪をいじる仕草をしながら、顔をしかめる彼。 「くだらねぇことを聞くからだよ。隠し事なんて、俺はしない」 「……本当に?」  問いかけると、彼はますます不機嫌そうになる。  怒らせたかな、と不安で怯える。  けれど、ここで引き下がるわけにはいかなかった。  ――みなが言う、かつてのわたし。そのわたしは、むしろ、彼を怒鳴りつける立場だったんだから。 「どうして、髪を染めたの?」 「なんだ、急に」 「だって、わたし、聞いたよ。突然、イメージが変わったって」  わたしが聞く彼は、教室の男子の中でも大人しく、運動も苦手な方だった。むしろ、本や人との会話が好きで、聞き手になることの方が多かった。  だから、眼の前の彼しか知らないわたしは、みんなの話と彼のイメージが一致しない。 「変わるくらい、普通だろ」  確かに、そうかもしれない。目覚めてから出会った、三ヶ月しか知らない友人達もそうだ。  一日だけで、驚くほど変わってしまう人もいる。
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