第1章

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「授業で、昔なら出来なかったはずだって言われる問題が、先生から誉められた時」 「……」 「運動で、今までならできていたはずのタイムが、ぜんぜん達成できていない時」 「もう、いい」  僕が気づいた、彼への違和感。辛そうな顔と、親身になってくれる理由。  ――彼は、今の僕以上に、かつてのわたしとの違和感を知っているようなんだ。 「もう、いいわ。……やめて」  僕は、驚いて息をのんでしまった。  彼の言葉の響きが、今までの硬い雰囲気と違うものだと、気づいてしまったから。 「やっぱり、そういうところ、気づいちゃうんだね」  表情も、少し変わっている。今までは、張りつめたような男らしさがあったんだけれど。  今は、どこか不安そうな、悩みを抱えた表情に見える。 「気づいちゃう……? それってどういう意味」  陽介君が発した一言に、僕は驚く。けれど、本当に驚くのは、その後の彼の言葉にだった。 「記憶を失っても、人間って、変わらないのかな。でも、この場合、身体まで変わっているわけだけれど。不思議ね」  まるで別人のような口調になった彼に、僕は言葉を投げる。 「身体まで、変わっている……? ねぇ、陽介君、それって」 「ねえ、美月。今からアタシの言うこと、信じられる?」  僕が答える前に、陽介君は頭をふって、切れ目なく言葉を続けた。 「ううん。信じなくてもいい。聞いてほしいの。ここまで、あなたに気づかれているのであれば」  どこか願うような高い響きに、さっきまでの彼らしい雰囲気はまるでなかった。  僕は頷いて、顔をひきしめる。これが、彼の隠されていた部分だって、信じることが出来るから。 「ちゃんと、聞くよ。僕は、陽介君を、信じたいから」  僕の言葉に、彼は、少し悲しそうな顔をした。 「……違うの。まず、そこから違う」 「違うって、なにが」  戸惑うわたしに、陽介君は右手の人差し指をあげて、自分を指さす。 「わたしは、陽介じゃない」  次いで、彼は僕の身体へと指先を向け、静かに言った。 「美月……本当は、わたしがその身体の持ち主。陽鏡 美月は、わたしなのよ」 「えっ……?」  言っている意味が分からず、頭が混乱する。  美月はわたしで、でも僕じゃなくて、なのに陽介君が美月で、じゃあいったい僕は誰……?  混乱する僕に、陽介君の姿をした美月ちゃんは、二人の身体へ指先を往復させながら続ける。
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