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やはりそうかと思っていると、今度は夜鷹蕎麦の亭主が、低く呟いた。
「虎目模様の羅宇の男は、おっかさんの仇でさ」
そっちを見ると、亭主までにんまりと笑ってやがる。
「姐さんの想い人がおっかさんの仇とは、そりゃあ一体どういう訳だい。おめえさんのおっかさんは、仏さんになってたのかい?」
遠くの川から、葦の葉がざざぁっと風に撫ぜられる音がしてね。
それに気を移してる間に、蕎麦屋の亭主と三味線の姐さんは同じような姿に変わっていった。
口が大きく裂かれていって、耳もでかくなっていった。それに、尻尾も二つ出てやがった。
「……なんだい、おめえさんら。化け猫の兄弟かい」
本当はな、腰が抜けそうな程驚いてたんだよ。
でもそれを妖に見せれば喜んじまうだろ?
だから平気な風を装ったね。
顔が猫になった姐さんは、持ってる三味線の袋を開けた。やっぱり中には上等な三味線が入っていたよ。あれは、きっと三毛猫の皮だ。
姐さんがそれを愛おしそうに撫ぜて、蕎麦屋の亭主は髭をぴんとさせて「おっかさん」と鳴いたんだ。
「おっかさん程綺麗な猫は居らなんだ。おっかさんの毛艶はほんに綺麗だったんだよ。
それなのに、虎目模様の羅宇の男に運悪くとっ捕まっちまったのさ」
「あっしらは、夜目は聞くが日目はからっきしだ。妖の仲間に聞けば、件の男は虎目模様の羅宇を持ってるってぇ言うじゃないかい。
だからここで虎目模様の羅宇の男の話を待ってたんだ。
ご隠居さんには感謝してもしきれねえ」
話すたんびに、どんどん化け猫らは人の形を解いていきぴょんぴょんと跳ねて猫のなりになっていく。
いつの間にか、蕎麦屋の火は落ちてたよ。
暗い中、二匹の化け猫はぴょんぴょんと俺の周りを飛び回る。
「ご隠居さん、ありがとうよ」
「ありがとうねぇ」
ーー繰り返すその言葉は徐々に小さくなっていって、気づけば俺は花巻蕎麦だけ手に持って闇夜にぼっ立っていたって訳さ。
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