【 不機嫌な姫君 】

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 砂漠のちょうど中央に、商人らの憧れの国、エル・サルディンはありました。  この巨大なオアシスを中心にした、神に嘉せられし砂漠の楽園の王は、ラムジャール・ディ・エル・マン・サルディン16世。  後宮には60人の美しい妻。 80人の王子と、100人の可愛い姫君がおられ。  皆それは仲良くお暮しでしたが、何故だかその真ん中の50番目の姫、茉莉花姫だけは、いつもいつも不機嫌なのでした。  花が咲いたと言っては気にくわぬとお怒りに。  やれ、夕食に良い肉が届いたと聞いては、今日はライチの実のみで十分とむくれられ。弦楽をご所望されたかと思えば、急に踊り子に無音で踊れと命じ、踊り子の足先から血が滲むまで躍らせて、なおかつ不愉快とお怒りになる。  とにもかくにも何をどうしても『ご満足』にはなられません。  そしてそのような姫でしたが、やはり父王さまからすれば可愛らしい。いや、いっそそんな姫だからこそ、兄妹、皆、気になってしようがない。  ですので、東の果ての国から自ら動く不思議の絵巻が届けばそれもまず真っ先に茉莉花姫に。  南の海の国から人語を喋る鳥が届けばこれも茉莉花姫の慰めに。  おかげで茉莉花姫のお部屋は、もう王や皆からの贈り物で足の踏み場もないほどでしたが、でも、そんな風になりましても。  何がどうでも不機嫌で。 何もかもが気にくわない。  茉莉花姫のご機嫌は一向に治らないのでございました。 **** ☆ ****  さて、エル・サルディンは砂漠にありながら、東と西を繋ぐ、それは大きな奇跡の王都でございます。  サルディンがあるから、東の者はもう半分の西の砂漠を渡らずとも西の絹を手に出来。西の者はもう半分の東の砂漠を渡らずとも東の鉄を手に出来る。  そのような様でありましたので、自然、様々の不思議の物もこの都に集まります。王宮には星博士を筆頭に魔法を生業にする者たちも数多く雇われておりましたが。  中でも得体の知れない者が、クラハ・ラン。  闇より黒いターバンで、頭のみならず常に顔半分まで覆った青年で。ターバンの切れ目より、そのターバンよりも黒い瞳が燃えております。  腰にはこれも刀身まで黒い鋼の半月刀を提げ、魔術を操るものの常として、つま先のツンと天に向いた靴を履いてはいるのですが、この男が何かの魔法を為している所を見た者は一人としていない。
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