【 不機嫌な姫君 】

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 さて、そのような男の手をどうして茉莉花姫がとったのか。それは後に語るといたしまして、ひとまず姫がその後どうなったかについてお話しなければなりますまい。  サルディンを北に離れること駱駝にて10日ほどのところに、人知れずランの城がございましたが、茉莉花姫はそこでまさしく奴婢と紛う扱いを受けておられました。  もっとも鞭で打たれたり、辱めを受ける……というような事はございません。むしろ、その城には姫の他にはランしかおりませんでしたので、何か欲せばそれをすべて茉莉花姫、自身がなさねばならないと、マァ、ただそれだけの事なのでございますが。それはもう、生まれた時から『王族』の姫にとっては、もはや奴婢と変わらぬような扱いと言って良いものでございます。  なにしろ、これまでは、小指の爪ひとつ、自ら切られたことのないお方。最初のうちは水が飲みたい時も、ランが水を持ってくるまで、てこでも動かぬと唇を結んでおいででした。  しかし、長く渇きが襲う中、ランが簡単に井戸より水を汲み上げて、ごくごく飲んでいるのを見ますともう我慢がなりません。  意地悪く目の前で落とされる釣瓶を睨みながらも、必死にそれを引き上げて、残る水を飲む事ができたのでございました。  水は井戸に無尽蔵にございましたが。 なにより困るのは食料です。  なにしろ、ランの城は、サルディンに劣らぬほど豪華絢爛ではございましたが、さして大きくなく、おそらく魔法で守られており、円形の透明な囲いにより周りの砂も熱も遮られ、心地よい風のみ吹いては来るのですが、護られているその範囲から一歩でも出ようものなら、もうただ灼熱の砂漠の砂原が広がっているばかり。  逃げようにも逃げる法がなく、食料を得ようと思いましたら、もうそれはランに頼るしかないのですが、この男は働かぬ者には何も与えられぬというばかり。  致し方なく茉莉花姫は、やったことのない庭師の真似事で庭の赤薔薇の根を痛めてみたり。掃除と称して城の廊下を水浸しにしてみたり。万事このような調子でございましたので、白い花弁のような手にはたちまち赤い傷が刻まれ、傷ましいミミズ腫れなども無数に浮かび上がりましたが、気になどしている場合ではございません。  ランを苦笑いさせながらも、なんとか毎日の僅かばかりの食料を得るのでした。
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