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さすがにこのようなランとの暮らしが、半月ほども経ようとした頃には、もう茉莉花姫も、さまざまの事も少しはご自身できるようになられ、それだけに、日々奮闘というご様子。
ですが、必死になって厨房の火と格闘しながらも肉などを焼こうとしておりますと、時に背後にランの、おかしがるような甘い目線を感じることがございまして。
睨みつけようとすると、そこにランはもういないなどという事もしょっちゅうで。良い年をして、一体マァ何が愉しいのか。ソレを考えるならば不自由としか思えぬ姫との暮らしを、飽かず続けているランの真意こそ不可解です。
どうにも変な男である事だと、つくづくにその都度ランの居ない場所を見て腕組みなどして首をひねられるのでありました。
さて、そうしたある日の事。
どうしたものかよくわからぬなりに、自らの着たものを水にくぐらせて洗っておりますと、どこかたともなく現れたランが後ろから何やらポンとそこに白いものを放り込みました。
と、たちまちに泡が沸き立つようにして溢れ出し、もうどこもかしこも泡だらけ。
立とうとしても冷たい石畳に転び、井戸までたどり着こうにもまた芝生の上を滑るというような有様。
これを見てランが大笑いするのに、姫も怒ろうとしたのですが。芝生の上に四つに這った自分の姿のあまりのひどさに、成程これはオモシロイと思い。もはや何年かぶりかという事でございましたが、気づくとランと2人、大笑いをしておりましたのでございます。
大きな砂漠の中、他に誰もいない碧空を仰いで、ふと笑いが収まってきたランが、転んだままの姫に手を伸ばして、こう申しました。
「お前は悪い女ではない」
それはそうでございましょう。
一国の姫君でございます。
上と下に他に99人の腹違いの姫がいようと。間違いなく、エル・サルディンの尊い姫の1人であるのですから。
いまさら何をという風に唇を尖らせる茉莉花姫に、そうではないという風に、ランは面白そうに続けます。
「お前は、自分以外の事で人に評価されるのを嫌っていただけだ。
『お前自身』を誰も見ないのに、腹をたてていただけだ。
……悪い女ではない」
ランは黒いターバンの下、スッと切れた唇を大きく笑みの形にしてつけたしました。
「むしろ、呆けた王族で、お前の腹立ちはよほどまともだとオレは思うぞ」
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