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歳は五十代と言った所だろうか。年季の入ったコートを着ていて中肉中背。白髪混じりの髪を角刈りにした頑固おやじといった印象だ。しかし、それは見た目だけの話で、口調も物腰もとても柔らかい。現に今も僕の目の前で、笑みを浮かべ、申し訳なさそうに後頭部を掻いている。
「教えてください。僕は一体誰なんです?」
開口一番。看護師さんに尋ねたことをもう一度繰り返した。
「やはりご存じない?」
おっさんは恍けた口調で僕の顔を覗き込んだ。
「本当なんです。自分について何も覚えてないんです。信じてください」
「ええ。信じますよ。できることなら教えて差し上げたい。ただ……」
「ただ?」
「残念ながら分からないんですよ、私にも。あなたが誰なのか」
「そ、そんな……」
ガックリと肩を落とす。
看護師さんも苦笑するだけだったから。まぁ予想はしていたけど……。こうやって面と向かって言われると、やはり辛い。
「まぁ、そうがっかりしないでくださいよ。いやね。私だって何も悪気があって教えないわけじゃないんですよ。ただ、あなたの持ち物からは身元が分かるものが何も出てこなかったんですから。現場にあったのは靴くらいで」
「そんな。僕はどうしたらいいんですか」
「落ち着いてください。確かに教えることはできませんが、思い出すお手伝いならできるかもしれません」
「手伝い」
「ええ。ちょっと待ってくださいね」
そう言うと、おっさんはコートの内ポケットから、何かを取り出してベッド脇のテーブルに広げて見せた。
「写真? 一体これがなんだって……」
吸い寄せられるように写真へと手を伸ばす。
写真には、何の変哲もない住宅地が映しだされていた。しかし、奇妙な写真だった。アスファルトには番号が書かれた板が置かれ、チョークで白い目印がいくつも書かれている。人型に象られたテープの頭部分のアスファルトは不気味に黒ずんでいる。凝った構図構成も、画質調整もされているわけでもないただの写真。だが、そこで何が起こったのか、見たものに伝える力は十分に備えていた。
「う」
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