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第1章
目が醒めると、真っ白な壁が視界を埋め尽くしていた。それが天井で、自分がベッドに寝かされていることに気づくのに、数秒かかった。
――一体どこなんだ? ここは。
この天井には全く見覚えがない。訳も分からぬまま上体を起こすと、頭と身体の節々に痛みが走った――やはり理由は分からない。少しでも自分の置かれた状況を理解したくて、手がかりを探してキョロキョロと視線を動かす。
広くない個室には、それほど多く物が置かれてはなかった。
白いベッド。同じ色のカーテンからは柔らかな風と木漏れ日が部屋へと流れ込んでくる。ベッドの脇には一人用の薄型テレビが備え付けられていて、反対側に置かれた花瓶には花が生けてある。枕元にはボタンが置いてあってコードは壁に繋がれていた。
それ以外には特に何も見当たらなかった。
ここまで観察して、僕は自分の置かれている状況が分かってきた。どうやらここは病院で、僕は怪我をしてここに入院しているんだと思う。
そう。頭を怪我したみたいだけど僕は冷静だ。実際こうして、目の前にある数少ない情報から自分の置かれている状況を推理することだってできる。
でも一つ、全く推理できないことがあった。
――それは僕が一体誰なのかということだった。
最悪だ。本当に分からない。僕って一体誰なんだ?
テレビに映り込んだ自分の顔を見ても、これが自分だという実感がまるで湧いてこない。不思議そうな顔をしてポカンと口を広げている、十代の少年がそこいるだけだ。
言葉や物の名前、計算――日常生活を送るうえで基本的なことについては、なんの問題もないと思う……。だけど、自分のことになると全く思い出せない。いくら思い出そうとしてみても、頭の中にそこだけぽっかりと穴が空いているような妙な感覚に襲われる。
「一体どうなってしまうのか」
ため息をついて、ドサリとベッドに倒れ込む。
僕が目を醒ましたことに気づいて看護師さんがやって来た時、僕はそんなことを考えていた。
「え~、大変な時に申し訳ないのですが、少しお話しを聞かせてください」
それはおっさんだった。おっさんは部屋に入るなり、ベッドの横に腰かけてそう言った。できれば美人ナースか女医が良かったんだが、どうも女の人には縁がないらしい。
記憶喪失の僕の前に現れたのは、おっさんだったのだ。
当然見覚えはない。
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