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「思い出が心が作った意識の形なら、
記憶は心が刻んだ無意識の想いなのかもしれないね。」
二人の風が、ゆっくりと流れてゆく。
「でも、それでもいいと思うよ。
それが、優しいものなら。」
彼女は僕を見つめる。
「あなたが、心から想い出したいのは何?」
その言葉で、僕は気付いた。
僕はたくさんの思い出は失くしてしまったけれど、
記憶は決して失くしてなんかなかったことを。
純粋さも、ときめきも、優しい想いも。
ただ少し、見えなくなっていただけだった。
多くの事と、人と、色々な雑音に飲まれて。
「過去の全部を思い出せなくても、その時と似たような場所や誰か、そんな時と出逢うと目を醒ますように想いが今と重なって、また新しくなっていく。そんな感じがするよ。」
そう話す彼女を見て、僕は何気なく言う。
「君は、本当に現実の人なのかな?
まだ夢の人のように思うよ。」
「私も、そう思ってる。
もしかしたら、二人ともそうなのかもしれない。
だって私もやっと、心から想い出せたのだから。」
僕は笑った。
彼女と一緒に。
思い出は、もう戻らないけれど、
もう追いかけない。引き留めない。
ただ、この失くすことのない記憶を大切に紡いでゆこう。
ずっと。
ここから始まる、君との景色と共に。
僕は、誓うように彼女へ奏でた。
遥か遠くで、誰かが見ていた。
そして囁くように語る。
「それよりももっと深くにある記憶が在るんだよ。
君達が、其処に、人として存在する前のもの。」
そして声は空に還る。
「 いつか、気付けるといいね。
君達が、ゆくべき世界へ、
その、時代へ…」
そう、
微笑みながら――――
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