第1章

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孫一は、今年で71歳になる老人である。この老人は浜田で行商人の 仕事をしていた。商いの方は最盛期の5分の1に満たない売り上げの時もあれば、売れないこともあった。 しかし、孫一は行商人をつずけた。生活の為である。苦労、苦労で発狂して死んでった、母親の榮と大酒飲みの父作造。子供の頃その3人暮らしで会った。家は折居村の大麻山の山奥に あり、作造は自分の山を持っていたので、そこから木を切り出して炭焼きの炭を焼いていた。榮は具合が悪いらしく重たい布団に包まれて床から出たり入ったりの生活を送っていたのである。 或る時、榮が奇行を呈しているのをたまたま見た孫一は、たまげたように言った。「お父さん、お母さんが半紙に変な数字を書いているよう。なんか様子が変だよう」と父作造は一升瓶と湯呑みを置いて、孫一のいる榮の部屋に踊り込んできた。「榮、どうしただ.」榮は小さな声でブツブツと言いながら「日本語なのか英語なのか、解らない言葉を発していた。 作造は言った。「これはおかしい。」と言い、「榮!!しっかりせい、しっかりせい。すぐに病院に連れてちゃるからのう。」と言って風呂敷ずつみに衣類を入れて、「孫一、お前も一緒に行くか?」と聞いてきたので、「うん」と孫一は一言答えた。 作造は納屋から大八車を持って来て、母屋にいる榮をおんぶしてそこに乗せ、孫一と共に折居駅をめざした。 道中榮は、暴れることはなかったが、ブツブツと何か聞こえてくるのか、それに応えるように返事をしていた。 折居駅に到着するとちょうど出雲市行きの汽車が着いていた。すぐさま、榮をおんぶして小学校5年の孫一を連れて急いで汽車に飛び乗った。
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