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手繰り寄せ
「さっみぃ…」
4月半ばの仕事休みの平日。
昼間は暖かくて、下手したら半袖でもいけるくらいだったから油断していた。
ロンTに七分丈のジーンズ。
そんな姿で夕方から出かけて、日が沈んで辺りが薄暗くなってきた頃に辿り着いた丘の上。
出掛ける前、服を着て鏡の前に立った時は同僚の佐々木を思い出して苦笑いしたっけ。
広告デザイン系の職種にあたるうちの会社は、私服で仕事をする事が許されている。その為、佐々木は冬でも七分丈のパンツを履いている事がしょっちゅうで。
丘に立った今、佐々木の凄さを実感する。
…足首、寒ぃよ。
風が吹き、目の前の大きな木がザザァっと揺れる。
「相変わらず、凄いっすね…」
その木を見上げ、呟いた。
◇
横浜駅で京浜急行の京急久里浜行きに乗り換えて揺られること数駅の井土ケ谷駅で降りる。そこから数分、登り坂を歩くとある公園。
そこの丘のてっぺんにその木は立っていた。
とても大きなその木は俺が幼い頃から大きくて、子供の頃は『せかいでいちばんおおきな木』と信じて疑わなかった。
そして何故かその木といると心が落ち着く気がして、頻繁にここに遊びに来ていた。
仕事に就いて横浜を離れてからは頻繁に来る事はできなくなっていたが、それでも大きな仕事が終了した後や繁忙期を過ぎるとここに足が向いた。
「マジ寒い…」
また呟く俺の声に反応して
「クスクスクス」
誰かが笑う声が、俺が立つ幹の反対側から聞こえる。
「さっきからそればっかり。どんだけ寒いんですか。」
幹の横から出て来た少したれ目の顔とふわりと揺れる肩位までの髪。いたずらっぽく笑うその笑顔に、独り言を聞かれていた恥ずかしさも手伝って、体中が熱くなるのを感じた。
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