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金色の十字架を天に掲げた悪魔が、明け方叫んでいた。
「俺が天国だと思っていた場所は地獄だったぜ」
太陽がのぼっても、その光に暖かみはなく、海は生ぬるい。
血が流れても痛みはなく、あらゆる恐怖は全て幸福に変わる。
「神が俺から奪ったのは“痛み”“憎しみ”“恐怖”“悲しみ”!その全てを取り戻すのだ!」
夜が明ける…朝が来る。
風が吹くと鼻をつく排気ガスの香り。
人混みにあふれる悪意と、差別、そして果てしない欲望。
牧場では、毎日羊が首をはねられ、解体されて肉の塊となる。
「聞こえるぞ!聞こえるぞ!叫びが!悲鳴が!醜い罵り合いが!」
「もっと叫べ!もっと泣け!そして死ねぇ!奪われたものを我に与えてくれ」
「まだ足りない!まだ足りない!怒りが!憎しみが!」
朝7時半に、彼の仕事は始まる。
髪を入念にポマードでセットすると、アルマーニのスーツに着替え、
ピカピカに磨かれた黒い革靴をはいて、街中の人にこう声をかける。
「あなたは今、幸せですか?」
うつむいて歩く、目がうつろな背広の男が2歩先で立ち止まる。
両手を差し出して手を握り、
「神は全ての人を救われます。あなたの悩みをなくす、お手伝いをさせていただけないでしょうか」
と、ゆっくりと諭すように耳元でささやく。
男の目に一筋の光が灯る。
悪魔は強く、強く、その手に力を込めた。
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