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――ここはどこでしょう。真っ暗です。よく見れば何かの微かな輪郭が、暗がりの四隅に茫洋と浮かんでいます。しかしそれ以上の視界はほとんど拓けません。狭苦しい空間にいることだけが唯一体感的に感じられ、そこの一部として、わたしはカチリと埋め込まれている、そんな気がします。
……どうしてわたしは、こんな場所に。そもそも、わたしは……わたしは、いったい何者ですか。体が動かない。足も腕も指先も、目線さえ動かせない。だから思考ばかりがひとりでに働いて、それがますます動くことを固く禁じられた四肢をいたぶるようでした。この暗闇の中、自分の名もわからないでいるわたしは、いったい誰にどんな期待を寄せられているのでしょう。
ただ横に寝ているのです。平らで堅牢な冷たいものの上に仰向けとなり、視界の四隅で茫洋と存在する何かの輪郭ばかりを見つめています。
しん、と死んだように張りつめた空気の中へ、そのときドアの開く乾いた音が忍び込み、すぐ真横からわたしの体をも照らす光の気配を感じました。首も目もまったく釘付けとなっているのでそれはあくまで想像に過ぎません。しかし確かに部屋は明るみました。その証拠に、何かの輪郭と思われていたそれが、単なる天井と壁面の境界だと知りました。なんて冷たく寂しい部屋なのでしょう。わたしは愕然とし、また同時に恐怖しました。
足音がします。暗がりの色濃い壁に、ぬっと人影が現れました。ドアを閉ざし、灯りをつけてから、人影はわたしの視界に映りこむと、脂肪の厚い醜悪な面を、食に飢えた犬のように歪ませました。それからわたしの全身をくまなく弄びました。始まりは頬でした。やがて髪の毛を撫で回すと、ゴツく乾燥した感触の指先は下方へと踊っていき、その愉快さをわたしに強制したのです。
けれどわたしは心が怯えるのとは裏腹に、まるで震えず声も洩れず、まして男の荒ぶる息に同調することなど微塵も赦しませんでした。
ただ、わたしは行為の開始された早々に理解しました。わたしはつまり、そのためにこの場に住まっているのです。
散々にわたしの体表を味わってから、男のぶくぶくに肥えた裸体は視界の外へと消えました。どうやら椅子のようなものが備えてあるらしく、男はそれにぎいぎいと耳障りな鳴き声を強要しながら、今度は爽快なパリパリという音を奏で始めました。
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