第1章

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 その手にポテトチップをつまんでやって来た男は、 「ほら、食え」  そう言って、わたしの頑として動かない唇に押し当てたかと思えば、圧迫に堪えきれず砕けたポテトチップの破片をわたしの全身にすりこむようにし、男はまたさかりのついた犬になりました。  生温い吐息、ざらざらとした感触に耐えている間、わたしの耳にはその他の音声が届いていました。それは聞く者にとってかしましく、しかしときに神妙な感慨を促す調子で紡がれていました。 「いまご覧いただいたブイを見てもお分かりの通り、二年を経た現在、なおも彼らは発見されていません。しかしその一方で犯人の目星すらもついていない、と。専門家の間では組織的な犯罪に巻き込まれたとの推察が飛び交っていますが、それに対抗するごとく誕生したのが世間を騒がせている『神隠し』というわけです」  男はわたしの足の裏側へと回り込みました。そしてわたしの両足首をかさついた手で握り、何の躊躇いもなく、固く閉ざされた扉を開けるようにそれを押し開いていきました。  ゴキゴキ、とわたしの股が派手に高鳴ります。一瞬、男の手腕に秘められた怪力によって股を裂かれたのかと錯覚しました。あるいは元より裂けていたのかとも考えました。それほど円滑に、わたしの下半身は開脚して、男の眼前へと秘密の園を晒け出したのです。  しかし実際のところ、そこはまったくの無痛であり、男はなんら気にせず鼻息を荒げ、一点を凝視したまま淡々と作業を続けました。  それからしばらくして、わたしの意識は深い眠りの底から這いのぼってました。しかしその認識は誤りでした。視界に色が戻ったとき、男はまだズボンをあげているところでしたから、そう時間は経過していないようです。  わたしはようやく男から解放されました。それは一本の電話でした。男は電話に出ると、満足そうな笑みを脂肪の器にたっぷりと湛えてこちらを横目に見ました。
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