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 記憶を失って三年が経つ。  仮につけられた「五城目雪」という名前にも慣れた。「五城目」は見つかった場所、「雪」は雪の降る日に見つかったからだという話だが、それもよくは覚えていない。  記憶を失ってはいたが、それは個人的な情報に限られていた。自分の名前や生年、家族、出生地などは記憶から消えていたが、生活慣習、日本語と英語、プログラミング知識などは残っていた。  過去がない私を絶望が嘲笑っている。  毎夜、そんな夢を見た。  自分の顔や体を受け入れることに時間がかかった。調べると年齢の割には筋肉質な痩せた体だった。髪は黒を黒に近い茶に染めていた。長さは肩までしかない。顔立ちは整っている方だと思うが、それだけで愛着が湧くわけでもなかった。  病院の検査の後、警察が行方不明者に該当する者がいないかを調べてくれた。半年ほどの間に該当者は見つからず、私は民生員の助力を得て、新しい戸籍をもらった。  五城目雪、秋田県五城目町出身、二月十日生まれ、二十六才。  それが私の全てだった。  私が見つけられた日が誕生日になった。  民生員の勧めで、半年ほど生活保護を受け、その間に環境に馴染んだ。その後、紹介してもらったプログラム開発会社に就職できた。小さな会社だったが、居心地のいい会社だったので、今でもそこで働いている。
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