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一旦、彼女の部屋から出て、私の仕事場である隣室に移動する。
上手くいったようだ。彼女の様子から仕事が順調に進んでいると確信する。
あとは、彼女にどれぐらいの速さで思い出させるか、だ。記憶を植え付けると言った方がいいかもしれないが。
とりあえずは、彼女の『両親』である桐島夫妻に報告しなければならない。
***
彼が病室から出て行くのを目の端で追う。
私につながる機械が規則正しい音を奏でている。
この音たちだけが私がここに存在する証明をしてくれているようだ。
手を動かし、目の前に持ってくる。
寝ている状態の私にとって、手を空中で固定するのは辛い。
いつから私がここにいるのかはわからないが、随分体力が衰えていそうだと思った。
手を見る限り、幼児ではないようだし老婆でもない。声の感じからしての少女と言ってもいいくらいではないだろうか。
爪は綺麗に切ってある。そんなに長くここにいたわけではないのだろうか。それともまめに切ってもらっていたのだろうか……ここまで考えて少し笑ってしまう。
冷静になることで、真実から目をそらそうとしているようだった。
***
桐島夫妻は急いでこちらに向かうそうだ。
電話に出た彼女の『母親』は泣き出さんばかりで、声に歓喜の色がにじみ出ていた。
私には全くこの『親』の心理というものは理解できないのだが。
彼らは二ヶ月前、最愛の娘を失った。
幸運にも、彼らは裕福であり、技術の発展した時代を生きていた。
人の記憶を消し、違う記憶を植え付けられる時代である。
彼らは娘をよみがえらせようと決意した。
彼女は彼らの娘と同じ年齢で、似たような背格好であり、どことなく顔立ちも似ていた。
彼らは彼女の母親から彼女を買い、娘にすることにしたのだ。
いくら娘の記憶を持っていたとしても赤の他人である彼女を彼らは愛すことができるのだろうか。
一生この暗い秘密を抱えて彼らは生きていかなければならない。
考えただけでも恐ろしいが、彼らは、完全犯罪を成し遂げるように生きていかなければならないのだ。
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