〈雨宿り〉

2/23
前へ
/23ページ
次へ
 夜が深くなるにつれて、雨は激しさを増した。  三月の冷たい雨が刺すように私の上に降りしきる。着ているワンピースもジャケットも、靴の中までずぶ濡れで枷のように重かった。  傘もささずに、私は暗い街をさまよっていた。  ……ここはどこだろう。  見覚えがない。……いや、ある?  あるような気がする。はっきりしない。  頭がぼんやりして考えがまとまらない。  霧霞の視界と意識で、私はあてもなく歩く。  ここはどこだろう。  どこに行けばいいんだろう。  ……そもそも、  私は誰なんだろう。  名前も年も、何ひとつ思い出せない。こんな場所にいる理由も。  篠突く雨が私から、容赦なく体力も気力も奪っていく。だんだん覚束なくなってきた足元を見下ろすと、  そこには、足が無かった。  名前も年も何ひとつ思い出せない私が、私のことで知っている唯一の事実。  私は、死んでいる。  記憶喪失の幽霊。それが今の私だった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加