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夜が深くなるにつれて、雨は激しさを増した。
三月の冷たい雨が刺すように私の上に降りしきる。着ているワンピースもジャケットも、靴の中までずぶ濡れで枷のように重かった。
傘もささずに、私は暗い街をさまよっていた。
……ここはどこだろう。
見覚えがない。……いや、ある?
あるような気がする。はっきりしない。
頭がぼんやりして考えがまとまらない。
霧霞の視界と意識で、私はあてもなく歩く。
ここはどこだろう。
どこに行けばいいんだろう。
……そもそも、
私は誰なんだろう。
名前も年も、何ひとつ思い出せない。こんな場所にいる理由も。
篠突く雨が私から、容赦なく体力も気力も奪っていく。だんだん覚束なくなってきた足元を見下ろすと、
そこには、足が無かった。
名前も年も何ひとつ思い出せない私が、私のことで知っている唯一の事実。
私は、死んでいる。
記憶喪失の幽霊。それが今の私だった。
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