忘れっぽいあなたへ

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私、思うんです。無理に記憶を取り戻そうとしなくてもいいんじゃないかって。 だって、そうでしょう? 戻らないことには、きっと意味があるんですよ。それを強引に取り戻しても、いい事にはならないんじゃないかって、そう思いませんか?  ごめんなさい、怒らないでください。あなたに怒られると、とても悲しい気持ちになるんです。  今日は、もう帰りますね。ごめんなさい。嫌ってもらっても構いません。  けど、私は。  私は、月が綺麗だと思うんです。 ――――  おはようございます。今日で退院されるそうですね。  この間はすみませんでした。これ、退院祝いです。  知ってますか、この花。私の好きな花なんです。青くて小さくって、可愛らしいでしょう?    え? はい、私はもうしばらくかかるらしくって。この火傷跡もかなり残るだろうって言われちゃいました。  でも、いいんです。死ななきゃ安い、ですから。本当なら私は死んでいたそうですし。  おめでたい時に変なことを言っちゃいました。忘れて下さい。  あ、タクシー呼びましたか? あそこに一台止まってますけど。そうですか。それじゃあ、これでお別れですね。  どうかお元気で。  さようなら。 ―――――  ……これで、いいんだと思う。  彼が思い出さなかったのなら、それはきっと、それでいいんだ。  もし思い出してしまったら、彼は苦しむことになるだろうから。思い出さないほうが、よいのだ。  体中に火傷を負った恋人の事など。  車に轢かれそうになり、間抜けにも恋人に身を挺してかばわれた、私の事など。  思い出せば彼はきっと、苦しんでしまうだろう。助けられなかったと。深い傷を負わせてしまったと。彼は、優しいから。  それに、こんな顔まで火傷だらけの女と一緒にいたら、彼も変な目で見られるだろう。それは、私の良しとする所ではない。  こんな火傷だらけの醜い体を、彼に見られたくないという気持ちもある。  だから、私は彼の隣にいないほうがいいのだ。  彼は優しい人だ。顔もいいし。顔もいいし。大事なことなので二回言った。  きっと、すぐ彼を支えてくれる恋人が見つかるだろう。記憶喪失のイケメンなんて、ロマンチックで、釣れる女性も多いに違いない。
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