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「ありがとうございましたー!」
(やっと、やっとこの手に……!)
手際よく包まれた箱を手にした瞬間、頭の中で鳴り響いたファンファーレ。
疲労からか体力の消耗からか、とにかくこいつを口にしたくて堪らない。
でもまずは、この方向音痴を駅に送り届けない。
俺も疲れたし、彷徨う予定は止めにして今日はこのまま家に帰ろうと、駅へと歩を向ける。
「わー、見て見てユウちゃん。すっごい列」
「あ?」
指さされるまま離れた列の後方を目で追えば、途切れる事なく伸びる人の群れ。
一体、最後尾は何処にあるのだろうか。
俺達が当初並んでいた位置などとっくに越えた黒い線に、軽い目眩が襲ってくる。
「早めに来ておいて正解だったね」
「……だな」
たかがシュークリーム、されどシュークリーム。
急に手の内の箱が宝箱のように感じて、持ち手に力を込める。
頑張れ、勇者達。目的の物は遥か彼方だ。
重厚感のある声で紡がれるそんなナレーションを脳内で再生しながら、時折感じる視線を一身に受けつつ連なる人並みを逆走する。
「本当に五個買っちゃうなんて」
「何も問題ないだろ。親父達の分は別けて入れて貰ってるから、駅で渡すな」
「うん、優しいお店だったね」
「ホントにな」と頷きながら、何気なく視線を列へ向ける。
ひたすら携帯に夢中な人、共に並ぶ友人とお喋りに夢中な人。
案外年齢層にも幅があるなと流しながら、その中でふと、一人の人物に目が止まる。
周囲から頭一つ出ているその人は、時間潰しに興じる人々の中で何度も自身の腕時計と前方の列を交互に確認しているようだ。
この後予定でもあるのだろうか。
ご愁傷様、と心の中で呟いた時、ふと上げられた顔の眼鏡の奥に、妙な既視感。
「、」
まさか。いや、でも。
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