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吉野さんの明るい声に、ビクリと顔を跳ね上げる。
すっかり熱に浮かされて、吉野さんが向かってくる気配に一切気が付かなかった。
不自然に切られた俺の言葉を気にしてか、額に手を当て「里織……」と深い溜息をついたカイさんに、吉野さんが「あら? なになに? お邪魔だったかしら」と言いながら紅茶とコーヒーを順に置く。
真ん中には大きめのミルクピッチャー。
それを少し窓側へ寄せて、吉野さんは「フッフッフ」と幼児向けアニメの悪役のように笑む。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」
「いや、もう座ってるから……」
「なによ、雰囲気作りじゃない。さぁユウちゃんお待ちかね、こちらが当店の新メニューよ!」
「ババーン!」という効果音付きで、中央に白いプレートが置かれる。
卵色をした楕円形の大きいバケットがみっつ。
扇状に並べられたそれらの表面はこんがりと香ばしく焼かれ、粉雪のように散らされた白糖に加え、黄金色のメープルシロップが艶やかに滴っている。
右端にはブルーベリーにラズベリー、細かくカットされたイチゴが色鮮やかに盛られ、ちょこんと乗せられたミントの緑が品の良さを漂わせる。
「フレンチトーストだ……っ!」
なるほど確かに、フレンチトーストも今やカフェメニューの看板になるほどメジャーな代物だ。
甘い香りに腹の虫がそわつくのを感じながら、微かな違和感にプレートを見つめ続ける。
(なんだ?)
二度ほど視線を彷徨わせて、そして目にした陶器に合点がいき吉野さんを見上げる。
「バター、別添えなんですね」
「お、鋭いわね」
そう、フレンチトーストといえばバターが既に乗せられているモノが多い。
だがこのプレートでは、カラメル色の陶器の中に四角くカットされたバターが二枚ほど鎮座している。
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