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よくもまぁ、どの口が言えたもんだと、自分で自分に呆れた。
けれどもそれは間違いなく俺の真意で、きっとこれからも同じ事を思い続けるのだろう。
カイさんにとっては、駄々をこねる子供のような"我儘"だったに違いない。
空から降り注ぐ柔らかな光をたっぷりと取り込んだ黒い瞳には、困惑と驚愕が交互に揺れ動いていたが、暫くして緩んだ頬には、薄い紅が乗っていた。
『……やっぱり、ユウちゃんは優しいね』
その笑顔は間違いなく、"カイ"ではない"彼女"のものだったのに。
俺は見逃さなかった。その瞳の奥にはほんの僅かながら、憂いの色が潜んでいた事を。
その日も、別の日のエスコートも、カイさんはいつだって"いつも通り"だった。
いや、いつも通りを"演じて"いた。
例えば何気ない会話の最中、例えば、ミルクと砂糖をたっぷりと注いだカップを傾ける刹那。
例えば、名残惜しい別れ際の『またね』の時。
そんなふとした瞬間に、カイさんの瞳に複雑な色が覗くようになっていた。
多分それは、"彼女"の抱えた"何か"だ。
だから俺は後悔していたのだ。
余計な事を言ってしまったと。
もしかしたら、俺の言葉なんて、彼女を悩ませる程の効力なんて持たないのかもしれない。
けれども確かめられない以上、"違う"とも言い切れなかった。
知りたいと思った。もっと、もっと、"彼女"自身を。
何も出来ない自分の無力さが歯がゆくて、悔しくて。
だが俺に許されているのは、"その他大勢"のひとりとして、強固に張られた境界線の外から、霞の中に佇むその後ろ姿を見つめ続ける事だけだ。
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